エピソード3 【探検クラブ】 その九

 扉を出ると、そこには入るときにいた金色の毛並みの女性はいなかった。

 いや、いることはいた。

 場所が少し違っているだけの話だ。

 彼女は物置のような空間の先、裏市場からの通路に、何かを警戒するかのように全身を緊張させて佇んでいる。


「なにがあったんですか?」


 その様子に、彼女は事情を知った上でこの賭博場への道を守っているのだと理解して確認の声を掛ける。

 

「危ないよ、お客さん。中に戻って」


 返事はいっそそっけないものだった。

 だけどそれは、彼女が警備を担当しているのだとしたら、当然なのかもしれない。

 言葉よりも実際に見たほうが早い。

 そう判断した僕は、ごちゃごちゃとした通路の先、見通しの悪い市の会場のほうへと目を向けた。

 そして息を呑む。

 そこはすっかり様変わりしていた。

 まるでジャングルか何かのように、緑に覆われていたのだ。


「これは……」

「あれは処刑の棘とか刑場茨とか呼ばれている肉食の植物さ。とは言ってもこの市場で取り扱っているのは改良種だけどね」

「改良種って?」

「普通の処刑の棘は生き物に絡みついて、棘を刺し、筋肉を弛緩させて神力を吸い上げる。そのときにとんでもない痛みを伴うってことで嫌われもんの害植物なんだけど、こいつは石棺病の治療用にある程度の痛みは与えるが、逆に筋肉の活動を活性化させる作用があるんだ。ただし神力は原種よりも多量に必要とするんで、必ず封印の籠で覆って育てる必要がある」

「封印なしで育ってしまったってことですか?」

「ああ」

「なんとかしないと大変なんじゃ?」

「まぁ絡まれるとかなり痛いが、死ぬほどじゃあない。慌てるほどのものじゃないさ。ここではこういうトラブルはつきものだしね」


 よくあることなんだ。と、僕は思ったが、あの茨の向こうにサークル仲間がいると思うと悠長にもしていられない。

 かなり痛いというのもだけど、神力を吸うということが気に掛かる。

 生物は、魔力を生成する幻想種族でなくても体に神力を纏って生きているものだ。

 そして体内にもある程度神力は循環していると言われている。

 神力のわかっている働きとしては、体に悪い影響を与える菌や紫外線、攻撃的な魔力から体を守っているということだ。

 それが多量に奪われるということは、明らかに体に悪いはずだ。

 下手をすると病気になってしまう可能性もある。


「お姉さんは、その、アレをなんとかしないんですか?」


 僕の言葉に、金色の毛並みをきらめかせながらお姉さんは肩をすくめてみせた。


「あたしの仕事は賭場の入り口の警備だよ。持ち場を離れてどうするんだい?」


 確かに彼女の言うことは一理ある。

 仕事を任されている場所を動くのは警備としては不手際だろう。

 前に出て来たのは騒ぎの全体を把握するためか。


「友達が巻き込まれたかもしれないんで行ってきます」

「そうかい。それならもし出来るようなら神力を抑えて行きな。アイツは神力を感知して襲ってくるんだ」

「ありがとうございます」


 客と思っていても、出て行く者まで守る義理はないと思っているのだろう、お姉さんは忠告と助言はしてくれたけど、それ以上は関わってこなかった。

 でも、事態の説明と助言だけでも大助かりではあった。

 ディアナは竜人なので魔力を豊富に体内に持っている。

 言葉として分けてはいるけど、魔力と神力は同じもの、つまりディアナはあの茨に狙われる可能性が高い。


「ディアナ、魔力を隠せる?」

「うん、大丈夫。でも、そうすると攻撃が弱くなるかも」

「いや、攻撃は控えたほうがいいから大丈夫だよ。まずは状況を見ないと。いきなり攻撃しても事態が悪化するかもしれないし」


 僕の言葉にディアナは無言でうなずく。

 その気配がすうっと薄くなった。

 どうやってか魔力を隠したようだ。


 さて、状況だけど。

 市場の通路にはびっしりと緑のトゲトゲしいツタのようなものが広がっている。

 奥のほうの一画にはまるで木のような太さの茨が絡み合うように密集していて、その向こうの様子がさっぱりわからない。

 僕たちのいる手前側にあるツタは細いもので、引っ張っただけで簡単に千切れそうだけど、奥のほうにあるやつは斧かなにかでないと伐ることも出来なさそうな見た目だ。

 そして、その場所は、先輩達が揉めていた場所に近い。


 すっごく嫌な予感がする。

 これの元凶って、まさか。


 何気なく足を踏み出すと、床を這っていたツタが立ち上がって僕の足を探ろうとして来る。

 僕は読気の技の応用で体の周囲に気を放って神力をカバーしている状態だ。

 ツタはうねうねと動きはするけれど、僕の足に這い登って来るようなことはなかった。

 ディアナに対しても同じ状態だ。

 僕はホッとして先へ進む。

 奥のほうは茨の枝が絡まり合って全く先が見えない。


「会長! いますかぁ!」


 声を掛ける。

 他の誰よりも会長の助言が欲しい。


「あ……あ、逸水くんか。ううむ、激しい痛みと強烈な眠気が同時に襲ってきて、なんとも……」

「会長、この植物は処刑の棘という植物らしいです。危険が少ないように改良はされているようですけど」

「しょけいの……トゲ……か。ああうん、聞いたことがある、ぞ。たしか、刑場茨という植物だ、……肉食の、マズいな」


 声は篭りがちだけど、割合と近い。

 どうやら会長はまるで塊のようになった茨の枝の外側近くにいるようだ。

 なんとかここまで逃れて来たのかな? さすがの精神力だ。

 それに会長は僕と同じ角なしなので、魔力は無いし、神力も少ない。

 それが幸いしたのかもしれなかった。


「改良されているので筋肉は活性化されるらしいのですけど、動けませんか?」

「動こうとすると痛みが酷いのと、眠気が……他の人たちは、うなされながら眠っている状態だ」


 どうやら会長以外は動けないようだ。


「救護隊の人を呼んで来ますね!」

「う、待て……ここは裏市場だ、厳密には違法の場所ではあるが、ここを失うと、困る人もいる。それに……」

「それに?」

「この騒ぎの原因は、僕たちにある。それ、なのに……ここを潰してしまっては、申し訳が……」

「ああ」


 そうじゃないかという予感はしていたけど、やっぱりうちのサークルの誰かがやらかしたのか。

 僕は先程の山河さんのことを思い浮かべた。

 ここは街住みの人たちのための場所なのだ。


「おい! 坊主たち! そこは危険だ! 離れろ!」


 僕たちが逡巡していると、後方から大きな声が聞こえた。

 体の大きな牙あるものの男の人が、斧を担いで何人かやって来ている。

 どうやら自分たちでなんとかするつもりらしい。

 でもどうやらちゃんと神力を隠せてない人もいるらしく、新たにツタに巻きつかれている人もいた。

 巻き付かれるとすぐに叩き切っているのだけど、すぐに次々とツタが巻きついて、痛みのあまりか、斧を取り落として引きずられる人が出ている。

 ただ、そういう人はどちらかというと少数派で、他の人はきちんと神力を封じてツタを切り裂いていた。

 牙ある者の強力な身体能力を駆使して、たちまち僕たちのところまで辿り着く。

 僕とディアナは言われた通り、その場から少し離れて様子を見ることにした。

 さっきのお姉さんの話ではこういったことはよくあることらしいし、任せていいのかもしれないと思ったのだ。


「あ、ハク先輩」


 白先輩はこちらの手助けに来ようとしていたようだけど、すごい勢いでツタに襲われて近づけないようだ。

 一応魔力を抑えているっぽいのだけど、何しろ魔人族だ、存在自体が魔力の塊のようなもんだからなぁ。

 だけどさすがだ、ハク先輩に近づくツタはことごとく熱湯を掛けられた氷のように溶け崩れている。

 それでも物量のせいで進むのを諦めたっぽい。

 四方八方に伸びていたツタが、今はまとまってハク先輩のほうへと先端を伸ばしている。


 う~ん、あれは嫌だろうな。

 しかし、この茨やツタの成長の速さはどういうことだろう? 神力を吸ったら吸っただけ成長するってことなのか。

 ってことは……。


 意識を茨の塊に戻すと、切り払いの作業は全く進んでいないようだった。

 伐った後からまた生えるというような状態だ。


 作業を行っていたおじさんが、イライラしたように茨を直接殴りつけて、その手にトゲが刺さり、痛みのあまり悶絶している。

 さらに集中が途切れたのか、ツタと茨に絡め取られようとしていた。


「危ない! ディアナ手伝って」

「うん」


 急いで二人でその男の人を引っ張り出す。

 ハク先輩のほうへ大半のツタが流れたせいで安全地帯が広くなっていたことも幸いして、助け出したおじさんを安全に横たえるスペースを確保出来た。

 おじさんはどうやら眠ってしまったようだ。

 歯ぎしりして、体をよじりながら目を閉じているので、とうてい安眠しているようには見えない。

 みんなこの状態とすると、早くなんとかしてあげないときつそうだ。


 でも他の作業の人も、茨の排除はほとんどはかどっていないようだった。


「逸水くん、ま、だ、いる……か?」

「あ、会長! はい!」

「たしか、刑場茨は水に弱い、植物、だ。雨季には一度枯れる……だから、根に水を……かければ」

「わかりました」


 水か、どこかに水道はあるのだろうか?

 どうする? 一度賭博場に戻って山河さんかカエルさんに相談するか。


「お前たち。いい加減に離れろ。邪魔だ」


 少し考え込んだところに声が掛かる。

 白先輩だ。

 そうだ、先輩はどうやら関係者のようだし、ちょっと聞いてみるか。


「ハク先輩! この植物は水に弱いみたいなんですけど、消火ホースのようなものはありませんか?」

「残念だがここにそういう設備はない。水はタンクで運び入れているが、その茨の奥だな」


 自分に迫ってくるツタを忌々しそうに消し去りながら、白先輩が答えてくれた。

 ううむ、駄目か。


「いやまて、水があればいいか」

「え? はい」


 僕の言葉に一人うなずいた先輩は、自分の周囲を覆っていた膜のようなものを解除した。

 ツタや茨が一斉にうごめき、なんと茨本体までが先輩のほうへと枝を伸ばそうとしはじめる。

 どんだけ魅力的な魔力なんですか? 先輩。

 これ、うまくすると枝が剥がれないかな?

 だけど、僕のそんな考えの上を、ハク先輩はやってのけた。


「イツキ!」


 ディアナが急に僕を庇うように抱きつく。

 

「え?」


 その瞬間、ハク先輩のほうから何かすごい圧力のようなものが押し寄せた。

 体中の血が逆流するような、何かが通り抜ける。


 ドン! と、床が揺れた。

 そしてサバーッと水が溢れる。

 

「うわあ!」


 それは不思議な水だった。

 たしかに感触は水のものだったのに、僕もディアナも全く濡れていない。

 その水は僕らを通り抜けた先、あの茨の塊の中心に到達すると、そこで本物の水に変化した。

 

「えっ?」


 驚きと共に、僕は白先輩を見た。

 そこには白い炎のような光に包まれた、ひどく荘厳な姿の先輩が佇んでいたのだった。

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