エピソード3 【探検クラブ】 その十一

「子どもがやっちまったおいたを大人が後始末するのは当然のこったろう? ガキは早く大人になって今度は自分が子どもの尻拭いをすりゃあいいんだよ」


 部長の主張が受け入れられて、僕達は裏市場の奥に入り口のある賭博場へと来ていた。

 僕とディアナに限っては再びという感じだけど、他のサークル仲間からすれば初入場なので、全員が珍しげにキョロキョロしながら入り、山河さんの巨大さに驚きを隠せないようだった。

 巨人族が都市部にいるなんて普通考えないもんね。


 そして山河さんは、部長の償いをしたいという主張に対して、ソフトで大人な対応をしてくれている。

 見た目は威圧感があるけれど、カエルさんの言う通り子ども好きなのかもしれない。


「確かに僕達が中等生以下ならそれに甘えさせていただいたでしょう。しかし僕達は高等生です。今まさに大人になるための勉強を行っているのです。だからこそ、自分の過ちは自分で償わなければなりません」

「俺も部長と同意見だ。というか、俺がやらかしたことだ。責任を取らせてほしい」


 部長と一緒にエイジ先輩が最大級の謝罪の姿である首を差し出す姿勢のまま主張する。

 エイジ先輩は乱暴ものだけど、気性はまっすぐで正義感が強い人なのだ。

 キジトラの毛並みが美しい容姿の良さもあって、本人に自覚はないけど女子にかなりモテる人である。

 モテる自覚ありのマサ先輩とは対照的で、だからこそ仲が悪いんだろうけど。


「ふむなるほど、おまえらの言うことにもまぁスジは通ってるな。ならこうしちゃあどうだ? お前さん達は探検クラブと言っただろ? そこでそのサークルらしい活動ってことで探索をやってみねえか? 今回はその好奇心でしくじった。ならば償いも好奇心によって行うべきってこった」

「面白いですね。今回の失点を肩代わりしていただける代わりに、なにかご依頼をいただけるということですか?」

「ああ、とは言え無理にとは言わない。やる気があればやって欲しいってだけだ」

「うかがいましょう」


 山河さんの提案に、部長が先を促した。

 すでに謝罪モードではなく、好奇心モードになっている。

 部長、すっごく楽しそうです。


「実はな、俺らには探し物がある。それってのは古い魔法なんだ」

「魔法、ですか?」

「ああ、癒やしの古詩という魔法でな。なんでも病気や呪いを防ぐ範囲魔法らしい」

「古詩というと、古代魔法いにしえのうたですね」

「ほう、詳しいな」

「まぁ、文化系研究生ですから」

「それがどうも古い文献に物語の形で記載されているというところまでは調べがついたんだが、なかなか見つからねぇのよ。んで、今、目を付けているのが、学園特区の大図書館だ。だがあそこは一般開放されてねぇ。学生のためだけの場所だ。俺らの身内にも学生がいない訳じゃねえんだけどよ、探索は全然進んでいねえんだ。だからこちらとしちゃあ、人海戦術で行きたいと思ってね」


 その話を聞いて、部長は何かを思い浮かべるような表情を見せると、答える。


「ふむ、おかしいですね。僕は図書館の物語系の書物は網羅していますが、そんな魔法の書のようなものはなかったと思います。そもそもそんな重要な書物が普通の学生用の図書館にあるはずがありません」


 山河さんがブフォ! と吹き出す。


「おいおいまさかお前さん。図書館全ての本を記憶しているとか言うんじゃねえだろうな」

「まさか」


 部長はニコリと笑う。


「機械か何かじゃああるまいし、記憶なんかしていませんよ。内容を覚えているだけです」

「……なにがどう違うんだ?」

「全然違います。文章を覚えるのならコピーのようなものでしょう? 内容は読んで理解をしてはじめて頭に残るものです」

「なるほどな。んで、魔法の書などなかったという訳か。いや、おでれえたな。う~ん。だがな、実のところ、普通の魔法の書とは違うらしいんだ」

「と言うと?」

「言っただろう。物語の形で収められていると。古い物語、つまり叙事詩バラッドとして記載されていて、それ自体に魔法の痕跡は一切ないって話だ」

「ほう」

「ただし、資格のある奴が読むと、そいつの脳内で古代魔法の古詩バラッドが組み上がり、伝承が行われる。つまり魔法の師が弟子に魔法を伝えるための隠し伝承本のようなものらしい」

「それはまた面白いですね」


 うん。これはもう決まったようなものだな。

 部長の食いつき具合に、僕ら探検クラブのメンバーはこの後の展開がはっきりと読めた。


「わかりました。ぜひその古代魔法を探し出し、僕達の犯した罪の償いをさせていただきます」


 そうして、僕達はこのまるで謎解きクエストのような依頼を受けることになったのだった。


 ― ◇◇◇ ―


 詳しい話はまた次の定例会でということになり、表通りに出たところで解散となった。

 探検クラブのメンバーと別れ、僕とディアナと、リュックの中で植木鉢と一緒に寝ているハルは、どこかで軽くお茶でも飲もうということにする。まぁハルは寝てるけど。


 街のあちこちにある緑地帯と水路に沿っての通りは、おしゃれなカフェが立ち並んでいるデートコースとして人気の場所だ。

 僕達は中に入るよりも手に持って食べることの出来る甘いものスイーツを店頭で買って、緑地帯のベンチで食べることにした。


「この羽衣焼きって食べたことある?」

「いや、僕は甘いものをあえて買って食べることはあんまりなかったから」


 なにしろ男がスイーツを食べ歩くというのはあまり格好のいいものじゃない。

 カフェのようなオシャレなお店に入るようになったのだって、ディアナが来てからの話なのだ。

 実のところ、友人たちからいろいろと情報を仕入れてディアナに楽しんでもらおうとしているだけで、僕自身の経験値は全然足りてない状態だ。

 最近になってケーキってこんなに種類があるのか? と驚愕したぐらいだ。なんというか流行りに詳しくない。


 ディアナが気にしている羽衣焼きというものは、薄く焼いた生地を幾重にも重ねて、その間にクリームや果物を挟んだ焼き菓子のようなものらしい。

 薄いハッカ紙で巻いて、持ち歩いて食べられるようにしてある。

 ハッカ紙は食べてもいいし、水に溶かすことも出来るので、不要なら水路に捨てればいいので便利だ。

 食べ歩き用の食べ物の包装によく使われている。


「じゃあこれにしよう。私、ベリーで」

「じゃあ僕はチョコで」


 その場で見事な手際で焼いてもらって受け取ると、二人でベンチへと移動して座った。


「今日は大変なことに巻き込んでごめん」

「え? なんで。全然大変じゃなかった。楽しかった」

「まぁ終わってみれば僕も楽しかったけど、危ないこともあったからね」


 そう言うと、ディアナが急に顔を近づけて来て、僕の目をじっと見る。

 ちょっと、近すぎて恥ずかしいんだけど。

 そのとき、スポン! という軽い音と共に、ハルが飛び出して目の前の水路ではしゃぎはじめた。

 自由すぎるだろ、お前。


「イツキは、わかってない」

「えっ?」


 言葉に詰まる。

 ついハルを目を追ってしまって、視線を戻したら近すぎて硬直した。


「危ないときに傍にいることが出来た。だからうれしい」

「ディアナ……」


 僕は心の中でため息を吐く。

 ディアナはまだ僕に対する引け目を感じている。

 僕はどうやったらディアナの心を僕から開放してあげられるか見当もつかないでいた。

 だが、僕は幼い日からずっとディアナが好きだ。

 彼女を僕から遠ざけるべきだという気持ちと、ずっと一緒にいたいという欲がずっとせめぎ合って答えが出ない状況に陥ってしまっている。

 なんとも情けない話だ。


「ん、これ美味しいね」

「ほんと」


 だからつい逃げてしまう。

 羽衣焼きのふわりとした食感と、ゆっくりと体に染み込むような甘さとチョコのほろ苦さが僕の苦い気持ちを覆い隠した。


「それにしても、魔法か。ハク先輩のもすごかったけど」

「すごかった。魔法はコントロールがとてもむずかしいって聞いた。だからつい怒りを感じてあんなことを言ったけど、きっとあの人には間違いを犯さない自信があったんだと思う」

「そうなんだ。僕は幻想系の物語とかムービーとかよく観ているほうだと思うんだけど、やっぱり本物は違うなぁ」

「魔法は集中が必要だから一対一の戦いでは不利。合戦ウォーゲームなら活躍するけど、最近は合戦を行う国はなくなったから」

「ああ、だから見る機会がないのか」


 魔法を使いこなせるのは一部の幻想種族だけだ。

 僕達のように魔核を持たない種族には夢物語の世界でしかない。

 世界的に国同士の戦いはほとんどなくなり、問題解決のための戦いのほとんどは個人と個人のものなっている。

 魔法が活躍出来ない時代なのだろう。


 僕達探検クラブの贖罪であり、受けた依頼でもある魔法について、僕はわからないながら想像を巡らせる。

 知らないことを知るというのは、やはり心躍るものがあるのだ。

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