エピソード5 【ユタカ】 その二

「大きい!」


 その病院を見て、ディアナはポカーンと口を開けた。

 ディアナの驚きも当たり前だろう。

 この国立総合病院は、一見してまるでお城のようにすら見える威風堂々とした複合施設なのだ。

 図書館が以前お城だったという話だったけど、元は小さな一種族の国の城なので、大きいと言っても視界に入る範囲の大きさだ。

 しかしこの病院は全体を視界に入れきることも出来ないほど大きい。


「これ、迷わない?」

「実際迷う人が多くて、セクションごとに案内所が設けられているんだ。中はまるっきり迷宮みたいだよ。僕は子どもの頃、治療が嫌ですぐに逃げ出して、複雑な通路を利用して大人を撒いて隠れてたりしてた。そこでユタカと会ったんだ」

「ユタカさんってイツキの親友の人だよね。ええっと、安静にしているところにいきなり私みたいなのが行って驚かせたりしないかな?」

「ユタカのは病気という訳じゃないんだよ。体自体は健康体なんだ。ただ体の本来の機能が最初からおかしくなっていたってだけでね。これはユタカに会う前に言っておかなきゃならないことだと思うから、聞いてほしい」

「うん」

「ユタカは翼人のお母さんと鱗人のお父さんの間に産まれた子どもなんだ。つまり体の障害は異種族混血禍によるものなんだ」

「あ……」


 世界中に多様な人種がいて、中には全く性質の違う肉体構造を有している者同士も存在する。

 一見してとても同じ人間種とは思えないような外見であることも多い。

 太古の昔からそういった人間同士はお互いを同じ人間とは認めずに争い続けて来た。

 なにしろ捕食者と被捕食者という関係の種族もいたぐらいだ。


 でもほとんどの争いがなくなった現代では、そういったすごく違う者同士でも交流がある。

 交流があるということは人間関係が築かれるということだ。

 要するに姿の違いを乗り越えて愛し合って結婚する者たちも出て来ることになる。

 そういうカップルにはなかなか子どもが産まれない。

 さらに、産まれても互いの特性が悪い状態で発現してしまう場合があるのだ。

 そうやって異種族間の混血による障害を一般的に異種族混血禍と呼ぶ。

 ユタカの体はある意味最悪に近い状態で発現したケースだ。


「でもね、ユタカはそういう自分の境遇をあまり気にしてないんだ」

「え?」

「というよりも、生きることを楽しもうとしているんだ。それに両親のことが好きなんだよ。父親はもう離婚していないけど、それでも尊敬しているし、ましてや母親に対しては深い愛情を持っている。異種族婚をした両親を誇りに思っているんだ。だから自分の種族を卑下したり、種族差による差別的な考え方をされるのが嫌いなんだ。ディアナも竜人だからとか考えて遠慮するようなことはしないで欲しい。アイツも怖がったりしないから」

「うん、わかった」


 病院は正面ホールに受付があり、入院患者の御見舞の場合は先方へと確認を入れてOKをもらうと誘導キーを手渡される。

 誘導キーを持って移動板に乗ると、自動的にその病室に誘導してくれるというシステムだ。

 ディアナはすごくびっくりしていた。

 まぁこんなシステム取り入れているのはこの病院と大きなホテルぐらいのものだろう。


「廊下が動くんだ」

「中央部分だけね」

「昇降盤の乗り換えとかたくさんあったからもう道わからなくなっちゃった」

「あはは、初めてだとそうだよね。それ帰るまでなくさないようにね。ここのマークを切り替えると、玄関まで案内してくれるから」

「すごいね」


 長い通路を移動したわりにはそんなに時間はかからずに病室に到着する。

 ユタカの入院している病室は少々特殊な区画で、研究対象となっている病気を研究しつつサポートするという、医師とお互いに有意義な関係を結んでいる患者さんが入居する形になっているのだ。

 だから病室というよりも、個々人に合わせてカスタマイズされたアパートの部屋という感じに近い。

 なかには完全に外界から隔離されている一画もあるらしいけれど、ユタカのいる区画はオープンな場所だ。


 その部屋の周辺があまり病院らしくないことにディアナは驚いていた。

 通路が広々としていて、中庭があり、ベンチで休んでいる人もいたりするからだ。


「あ、あの人」


 ベンチに座っている少年? を見て、ディアナが小さく呟く。

 その人には一つの体に犬種の首と猫種の首、さらには翼人の首という三つの首がついていたのだ。


「キメラ体質の人だね。すごく珍しい体質なんだって。生活は普通に出来るってことだよ」

「そういえば竜人の伝承に二つ首の英雄の話があった」


 ディアナは少し驚きながらも、嫌悪感はないようだった。

 小さい頃から多種族国家で暮らしてきた僕などは、姿が少々特殊でもあまり驚きはないのだけど、単体種族で暮らしている人の中には、姿があまりに違うと嫌悪感を抱く人もいるらしい。

 ディアナは単体種族の里で暮らしていたけれど、僕たちとも交わっていたからそういった所は柔軟なのかもしれない。


 ユタカの部屋の前に到着して、入り口のパネルに触れる。

 パネルに「ようこそ!」と表示されると、扉がスライドして開いた。


「こんにちは! 調子はどう?」

「こんにちは」

「やあ! 君がディアナさん? さんざんのろけを聞かされてたから会いたかったんだ」

「おいこら、僕は無視かよ」


 入ってすぐのところに応接セットがあり、テーブルの向こう側にまるでクモの巣のような繊細なハンモック状の椅子がある。そこにユタカがいた。

 全身が真っ白な綿毛のような羽毛で包まれ、前後に布を垂らした貫頭衣のような服を着ている。

 服は薄く軽いもので、極力肌に触らない素材で作られていて、ゴムなどの締め付けがない、ゆったりとしたものしか着れないのだ。

 クモの巣のような椅子は極力体の重心を分散させるためのもので、出来るだけ痛みを感じにくく工夫されたものだ。

 ベッドも同じようなハンモックタイプのものとなっていて、子どもの頃は横になることすら出来なかったらしい。

 激しい成長期が過ぎたので、最近はずいぶんと痛みがなくなったということだった。

 ユタカの症状は、鱗と羽との両方が体表に生成されるために生じている障害だ。

 全身の鱗の隙間を裂いて、羽毛が生えてくるため、常に流血し、激しい痛みを全身に感じることになってしまう。

 小さい頃の痛みは本当に酷かったらしくて、ほとんど毎日意識がない状態が続いていたとのことだ。

 本人は「だから小さい頃の記憶は少ししかないんだ。もったいないことしたよね」とか言っていた。

 僕だったらとうてい耐えられなかっただろう。

 ケガしたときだけ痛いんじゃなくてって、ずっと体中が痛いなんて、最初聞いたときには僕も子どもだったから恐ろしくて一晩中泣いてしまったぐらいだ。

 僕がそう言うと、ユタカはニヤリと笑って「痛いのは慣れるから大丈夫だよ。でも油断していると酷い目に遭うからそっと動くんだ」と、痛みを我慢するコツを伝授してくれた。


 ユタカは凄い奴だ。

 初めて出会った時から僕はずっと彼を尊敬している。

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