エピソード4 【古の詩】 その八
「建造物の中に精霊の依代を封じて、それを記憶媒体に精霊を建造物の守護者とする、か。つくづく恐るべき王だったようだな、この城を作った巻角の王は」
ツタの精霊との話し合いで、とりあえず該当する魔法の本を探してもらえることになったということを部長達に連絡して、再び全員が集まった。
探し物をしないのならヘッドライトだけの状況は周囲が見えなさ過ぎるので、マサ先輩が持ち込みの荷物から蓄光ランタンを取り出してテーブルに置く。
広々としたホールにポツンと灯る光は全く闇を払う役割を果たしていないのだけど、それでも僕たちの周辺を照らすことで、ある程度お互いの様子がわかる。
みんなは大きなヒントが見つかったことで少し弛緩した表情になっていた。
まぁ簡単に言うとホッとした感じだ。
「それでも、一種族だけの国では持たないと判断したんですね」
「うん、そうだね。純血の民族国家は案外ともろいものだ。価値観や能力、姿形の違う多様な種族を受け入れることの出来る国は強い。まぁ問題も多いけどね」
部長がちょっとした皮肉を言うときの顔をしてそう評した。
部長の祖国は角なしの治める純血主義の国だったはずだ。
もしかしてその言葉は自嘲のようなものなのだろうか?
「あの」
ディアナが自分の荷物から包みを取り出しながら声を掛けた。
「よかったらお茶にしませんか?」
大きな一枚布に包まれていた中身は、編みカゴに詰め込まれたクッキーと、ポットに入ったお茶だった。
ピクニック用の携帯カップも人数分ある。
「おおお、いいなぁディアナちゃんいいお嫁さんになるよ」
カイの野郎が僕の背中を拳で殴りながらそんなことを言う。
イラッとした僕は、カイの手首に軽く触れると、内向きに力の流れを変えて本人の腹にボディブローを自爆させた。
「ぐほっ!」
「自分を思いっきり殴るなんて、ヤバイ趣味があるな、お前」
「ぐ、お前って野郎はよ、一見おとなしそうなくせに容赦ないよな」
そもそもお前が友人を殴るにしては力を込めすぎるのが悪い。
「そうかな? カイさんありがとう」
しかし、そんな無様な野郎の様子に気づかなかったのか、ディアナは羽を横にピンと広げると、両手で顔を覆って照れた。
なんという破壊的なかわいらしさだろう。
光量が足りなくてよく顔が見えないのが残念でならない。
「私もサンドイッチを作って来たんだ、良かったら食べてみてくれ」
美空先輩も荷物を取り出してテーブルに並べた。
結構な量だ。
こんなむちゃくちゃな探索にほのぼのとした日常的なものを用意して来るなんて、女性というのは凄いと思う。
「じゃ、遠慮なくもらおうかな」
エイジ先輩がクッキーに手を伸ばす。
エイジ先輩案外甘いもの好きだよな。
「うんうん、いいね、いかにも手作りって感じの味がする。ナッツ類を細かく砕いて入れてるのかな? 風味があって美味しいよ」
エイジ先輩は熱しやすくてすぐ突っ走るんで問題を起こしやすい人だけど、こういうあけっぴろげで優しいところが人気の理由だろうな。
僕も困った人だなとは思うけど、エイジ先輩を嫌いになったりは出来ない。
本質的には面倒見のいい兄貴肌の人なのだ。
「じゃあ僕も遠慮なく」
そう言って僕は手を伸ばす。
最初はやっぱりディアナのクッキーだろう。
エイジ先輩の言う通り、サクッと軽い噛みごたえのクッキーは、口の中で豊かなナッツの風味が広がりとても美味しい。
お店で買うクッキーとは違う、どこか素朴で優しい味わいだった。
「うん、ディアナすごいね、なんだかどんどん上達してるし、お店に並べてもおかしくないレベルじゃないかな」
ディアナがお菓子作りを始めたのはこっちに家出して来てからだ。
それなのにもう料理やお菓子作りを普通にこなしているんだから凄いよね。
楽しそうに話してくれるディアナから聞いたところでは、女友達が出来てお互いにいろいろと教えあっているらしい。
見知らぬ土地でそんな友達をすぐに作れるなんて、ほんと、すごい女の子だ、ディアナは。
「あ、ありがとう。でも、それは褒めすぎ」
ディアナの背中で羽がパタパタと動き、ちょっと体が浮かんでいる。
照れているのかな?
ディアナからは見えないだろうけど、ハルがその真似をしてディアナの背後で同じように羽をパタパタさせて浮かんでいるので、二人共大変かわいい。
眼福である。
コホン、と、サンドイッチをつまんでいた部長が咳払いをする。
気づくと、サークルメンバー達がニヤニヤしながら僕たちを見つめていた。
ううう、恥ずかしい。
ディアナも気づいて着地すると、畳んだ羽でそのまま顔を覆った。
「しかし、夜の図書館でお茶会か。児童文学にでも出てきそうな話だな」
部長が気を利かせたのか、話の流れを変えてくれる。
すみません、ありがとうございます。
「そう言われてみると、とても幻想的ですね。というか、魔法という時点で幻想的なんですけど」
僕たちのように魔法にほとんど縁のない種族にとって、魔法というのは物語の中だけのものだ。
まさか現実に、しかも僕たちのこんな身近に、その真髄とも言えるようなものがあるとは思ってもみなかった。
そんな話をしていた僕たちのところに、ふわりと緑の光がゆらぎ、葉っぱのついたツタが空中に螺旋を描いて一人の女性の姿を形作った。
「おまたせしました」
ツタの精霊だ。
僕とディアナ以外は初めてその姿を見ることになるのだけど、みんな思わず「おおー」と、感嘆の声を上げていた。
「あ、ええっと、みんな僕たちの仲間で、一緒に
「このグループのまとめ役をしているエリオット・マイカ・ダーグンと言います。よろしくお願いします」
部長が代表して挨拶をする。
「あなたと、そこの三人の方はここで見掛けたことがあります。その大きな男の方は初めてですね」
「あ、はい、よろしく、カイです」
「ああ、図書館を利用していたから覚えているのね。よろしくシズカ・美空よ」
「マサだ」
「俺はエイジ。美人な精霊さん、名前はなんていうんだ?」
「申し訳ありません。名前は教えられないのです。ツタの娘とか緑の光などと呼ばれていました」
「なるほど、契約か」
部長が納得したようにうなずいた。
名前を教えられないのが契約? 部長はわかっても僕にはちょっとわからないな。
まぁでも事情があるなら仕方ないし、
「じゃあ、緑さんって呼んでいいですか?」
そう言った僕に、その精霊はにっこりと笑って「はい」と答えたのだった。
「さっそくだが、僕たちが直接隠された書庫に行くことは出来ないのかな?」
緑さんの探索の結果を聞く前に、部長がそう尋ねた。
まぁ確かに、隠された書庫とか興味があるよね。
「申し訳ないのですが、それはできません。資格がないものは案内できないのです。条件もそろっていませんから」
「そうか、無理ならしかたないな」
部長はあっさりと引き下がった。
どうやら隠された書庫に行くには資格と条件が必要らしい。
「それで、守護の力を持つ魔法の
美空先輩が緑さんに尋ねる。
「古い
そう言うと、ふわりと光に包まれた、茶色の、本というよりも巻物のようなものがテーブルの上に浮かんだ。
ほとんど食べものは食べ尽くしていたけど、テーブルの上に広げていたものを急いで片付ける。
「あの、クッキーいかがですか?」
ディアナが残ったクッキーを緑さんに差し出す。
緑さんはキョトンとした後、笑ってクッキーを受け取った。
「ありがとうございます。ただ、この建物は自然に神力が集まるような構造になっているので、特別供物は必要ないのですよ」
「あ、いえ、そういうんじゃなくて、他のみんなにも食べてもらったので、あなたも食べてくれると嬉しいと思って」
「そうですか、ありがとう」
さすがディアナは優しいよね。
知ってたけど。
緑さんはクッキーを受け取ると、光に包まれたクッキーは、その光に溶けるように消えた。
あれってクッキーが神力に変換されたってことなのかな?
精霊ってすごい。
ディアナと緑さんの微笑ましい一幕の間に、部長達が古詩を調べていた。
「ちゃんと手袋をするように。とりあえずエイジとカイは触らないこと」
力の加減が出来ないカイと、気が短いエイジ先輩を脆そうな本から遠ざけて、部長とマサ先輩と美空先輩が内容をチェックする。
翼人であるマサ先輩と美空先輩の足指使いの見事さは、相変わらず洗練されていて美しいな。
僕たち手がある種族からすると翼人は不便そうだけど、器用さでは彼らのほうが上であることが多い。
芸術家には翼人が多いからね。
「これは、駄目だな」
しばらくして部長が音を上げた。
「魔法に関してズブの素人の僕たちには判別がつかない。ディアナ嬢は何かわからないか?」
「ごめんなさい。どれも何か特別なところはないみたいです」
「これは外に持ち出してもいいのでしょうか?」
ディアナに確認しても駄目だとわかると、部長は今度は緑さんに尋ねた。
「いえ、それはなりません。閲覧は私の判断の内ですが、持ち出しは権利を必要とします」
「そうか、よし、とりあえずここまでにするか」
部長は紐解いていた古い本を慎重に閉じると、そう言った。
「え? 依頼どうすんの?」
所在なさげに部長達を見守っていたエイジ先輩が抗議する。
「僕たちは
「うわあ」
エイジ先輩が胡乱なものを見る目を部長に向ける。
まぁうん、部長の言ってることは間違ってはいないよね。確かに。
人としては間違っているような気はするけど。
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