エピソード4 【古の詩】 その九

 なんというか、モヤモヤする結果になったのだけど、部長が結論を出したことで今回の探索は終了ということになった。

 うちのサークルは探検クラブと銘打っているけど、あまり無理はしないのが信条だ。

 未開の地に分け入って迷ったり、攻撃的な妖魔に襲われたりするような危険は犯さない。

 ミステリーの本をみんなで読んで犯人を予想したり、新しく発売された発明品を購入して分解検証したりと、およそそれは探検じゃないよね? という風な活動が多いのだ。

 もっとも、裏市場の一件のように、少々探検っぽいことをすることもある。

 廃棄となった鉱山に赴いて鉱石を拾ってきてそれでアクセサリーを作るといった感じの活動だ。

 良くも悪くも高等生にふさわしい中途半端さがこのサークルの活動方針なのである。


「そういえば、緑さんは僕たちを見知っていたようですけど、誰も姿を見たっていう人はいませんよね。もしかして夜しか姿を現さないのでしょうか?」


 古い魔法の詩が書かれていると思わしき巻物のような書物を抱えた緑さんに僕は気になっていたことを質問した。


「時間ではありません。扉が開いているときは姿を現すことが出来ないのです」

「やっぱり扉に秘密があるのですね」

「みなさんには資格がないので、あまり詳しくはお教えできませんが、大扉が開いているときには一切の魔法の仕掛けは動かないのです」

「なるほど。扉が開いているときは基本的には平和であると考えられますが、日中に扉を閉ざすとなればなんらかの非常事態と考えられますからね」


 僕たちの会話に部長がそう言って割り込む。

 色々無駄に考えているんだろうな、この人も。


「そう言えば先日の午後、ここに来たときに緑さんの気配がしたような気がします」

「はい。妖魔が入り込んだので警戒していたのです」


 あ、あれは警戒されていたのか。

 そりゃあそうか、妖魔の中には危険なものも多いし。

 僕たちは緑さんにお礼と、お別れの挨拶をして、またメンテナンス用の通路へと入り込む。


「ところで、この二股に別れた通路だが、一応先を確認しておくか?」


 部長がそう提案すると、エイジ先輩が「そうだな!」と、嬉しそうに応えた。

 エイジ先輩は猫種らしく狭いところが好きだ。

 僕はこの圧迫感のある通路はあまり好きではない。

 ディアナやカイ、マサ先輩や美空先輩もあまり乗り気ではなかったけど、そのまま未知なることを探らずに帰るのも僕たちらしくないということで、調べてみることにした。

 緑さんはあちこち見るなとは言ってなかったし、壁全てが彼女の依代とつながっているということなら、問題があれば止めに来るだろう。


 そして僕たちは、まずは左側の通路を進んだ。

 しばらく同じような圧迫感のある板張りの通路が続き、その先に小部屋が出現する。


「台所?」

「というほど大掛かりじゃないから、お茶を淹れるぐらいの施設かな?」


 そこにはかまどが二つほど並び、いくつかの配管が見て取れた。

 布が被されていてよくわからないが、食器などもあるようだ。

 そして、僕たちが入ってきたものとは別に扉が二つほどあった。


「待って。これ、探索するにはかなり時間が掛かりそうだし、今回の目的からは外れているから目的のないままにうろつくだけになってしまうよね。本格的な探索は次回に回さない?」


 僕たちがややうんざりし始めていることに気づいたのか、美空先輩がそう提案する。

 部長は苦笑すると僕たちの顔を見回して、うなずいた。


「そうだな。今回は脱出路がホールにつながっているという前提だったからマッピングの用意はしてこなかった。記録映像もちゃんとした道具で撮りたいし、一度戻るか」

「りょーかい。ちょっとおもしろそうだったけど、さっきの精霊でまぁ満足と言えば満足だからな」


 探索派だった部長とエイジ先輩が納得すれば全員いなやはない。

 そもそも僕たち不法侵入だしね。

 さすがに理由もないのに勝手にうろうろするのも悪い気がしてきたところだった。

 書庫とかならともかく、こういう生活臭のあるところは、なんとなく他人のプライベートのような感じがして気がとがめる。


 ということで、僕たちは元の洞窟に引き返して外に出た。

 外はやばいほど暗い。


「あ、やば夜の十四時(二十一時ぐらい)過ぎてる」

「あっ!」


 どうも僕たちはうっかり時間を忘れていたようだった。

 高等生ともなると、もうほとんど大人と考えられているので、自分の行動は自分で責任を持つのが当たり前とされているのだけど、実際のところはまだ親と同居している人が大半だ。

 やはりあまり遅いと心配されることは心配される。


「サークル活動で遅くなることは言ってあったんだろう?」

「言ってはあるけど、さすがに深夜以降はうるさいよな」


 一人暮らしの部長は平気だけど、マサ先輩や美空先輩は少々慌てていた。

 家族と一緒に暮らしていてもほぼ放任主義のカイやエイジ先輩は平気である。


「まぁいいわ。エリオットと一緒だったって言うから」


 美空先輩がそう言ってため息を吐く。

 部長の名前を出せばOKとは信頼されているのか?


「まぁいいよ。僕への貸しにしておいてくれ。取引とは貸し借りを作ることだからね」

「貸したのにそっちが優位っぽいのが意味がわからないけどね」


 そんな風な会話をして僕たちはその夜は解散した。


「部長さんと美空さんはお付き合いをしているの?」


 夜道をみんなと別れて歩いていると、ディアナがそんな風に僕に尋ねる。


「いや、あの二人はそういう感じとはちょっと違うっぽいんだよね。どうも親の会社同士が取引相手のような。まぁどっちの親の仕事も僕は知らないけど」

「そうなんだ。二人ともいい家柄の人の雰囲気があるよね。確かに」

「そういうのわかるんだ?」

「うん。私達の一族はデュエリストになることが多いけど、大体自分達を売り込んでパトロンを探すところから始めるの。だからその人の雰囲気でどの程度の資産を持っているかを見分けることは大事な技能として教わった」

「それはすごいね」


 デュエリストには二種類いて、協会に所属して依頼を受けて仕事をする者たちと、ソロで仕事をする者とに分かれている。

 ソロと言っても、仕事の斡旋をしてくれる仲介役が必要となるのだけど、ほとんどの実力のあるソロのデュエリストは、お金持ちの専属となるのが普通だ。

 大きな会社や金持ちはしょっちゅう裁定沙汰を起こされるので、その解決のためにデュエルを行うことが多い。

 当然強いデュエリストを雇うのは必須ということになる。

 ディアナによると、竜人はデュエリスト以外にもボディガードのような仕事に就く人も多いらしい。


 そうか、そういうのが一族にとって普通なら、安全なパトロンを見分ける能力も必要になるよね。

 僕がディアナの新たな能力に感心していると、肩から何かがずり落ちて来た。


「お?」

「まぁ、ハルったら、リュックに戻らずに寝ちゃったのね」


 スースー気持ち良さそうに寝ているハルを抱きかかえながら、僕たちは星に青く染まった空に見守られつつ帰宅したのだった。


 ―― ◇◇◇ ――


 後日、僕たちは再び山河さんと対面するべく裏市場に行ったのだけど、入り口の人に止められて、別の通路を使って例の遊技場を訪れることとなった。

 さすがに裏市場は出入り禁止となってしまったのだ。

 なんと別の入り口というのは、立派なホテルだった。

 昇降機のパネルに案内の人が手を触れると、直接会話による確認が行われて地下に下りる。

 なるほど、お客さんに身なりのいい人も多かったけど、あの人達はこっちから来てた訳か。


「よく来たな。もう成果があったのか! さすが優秀な学生さんは違うな」


 山河さんはそう言って目を細めて部長を見る。

 部長は堂々として一礼すると、山河さんに答えた。


「はい。でも残念ながら確実にお探しの古の魔法である叙事詩バラッドかどうかはわかりませんでした。持ち出しも不可ということで、確認できる方に足を運んでもらうしかありません」

「まーそりゃあそうだろうな。資格のねぇ奴には魔法かどうかなんてわかりゃあしねえからな。それらしいもんが見つかったってだけでもてぇしたもんよ。まぁ今回の件で前回の落とし前をつけたってことで、納得してくれていいんだよな?」

「もちろん」


 僕は二人のやりとりに、ついうっかり笑ってしまった。

 だって、落とし前をつけるのは僕らのほうなのに、それを山河さん側が僕らに納得させるっておかしいよね。

 山河さんは僕のほうを見ると、軽く片目をつむってみせる。

 石棺病で今も体が蝕まれているのに、この人はほんとすごい人だな。


「まぁなんだ。どういう結果になるか気になるだろ? 良かったら使い手が見つかったときに一緒に確認に行くか?」

「喜んで」


 部長はほんと、飄々としているよね。

 明らかに裏社会の偉い人って感じの山河さん相手でも全然平気だし。

 とりあえずこれで今回の一連の騒動は決着がついた形になるのかな?

 しかし古代の魔法の使い手とか見つかるんだろうか。

 とは言え、僕にもわかることはある。

 山河さんはきっと、絶対に諦めないだろうなってことだ。

 自分が苦しいのに、自分のためではないことに一生懸命になれる人って本当にすごい。

 僕はふと、久しぶりに親友に会いたくなった。

 ディアナを紹介したいし、ディアナの編入試験が終わったら、一緒に会いに行こうかな。


「ん? どうしたの?」


 僕の視線にディアナがちょっとうれしそうに微笑む。


「試験、がんばってね」

「もちろん!」


 夏に編入試験があって、秋に入学式がある。

 暑い時期が苦手な親友のために差し入れは何がいいだろう。


 僕はちょっとだけ未来のことを思ってディアナに向かって笑ってみせた。

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