エピソード4.5 【2人の休日】
秋口の新学期に合わせて夏に編入試験が行われる。
我が国では基本的には学校に入学するのに試験は行われない。
規定年齢に達するとその子どもの家庭環境に合わせた学校に入学することになるんだ。
教育に掛かる費用は、小等部、中等部の場合は微々たるものだけど、高等部となると、選んだ授業によってはかなり高額になる。
そう、講義ごとに受講料が違うのだ。
より高度な授業、高価な備品を使う授業はかなり高い。
とは言え、自分の将来への投資なので、家庭に余裕がある学生は出し惜しみはしないものだ。
授業を受けるための教科書もかなり高価なので、お金に余裕がない学生は先輩から譲ってもらったり、古書店で購入したりすることも多い。
話が逸れてしまったけど、ともかく国民なら入学は自動的に出来るようになっているのだけど、外国から帰化した家族の子どもとか、事情があって学校に通えなかった時期があった子どもとかは、いきなり途中から編入することになるわけだ。
そうなると、当然習得しているはずの学習が出来ていないということが考えられる。
勉強は積み重ねだから基礎が抜けていると先に進めなくなってしまうのだ。
そういう子どもは自主学習で学校の授業に追いついているという証明が必要となる。
それが編入試験だ。
「忘れ物はない?」
「うん」
「お嬢、この弁当はもらってもいいんかな?」
「きゃあ! お師匠様! だめです!」
「師匠、大人げない」
「キュウ!」
という受験日の朝のドタバタを経て、無事、ディアナの編入試験は終わった。
結果発表は夏季の第三節の頭に一斉にそれぞれのリングに通知が届くらしい。
そのため、第二節の後半である今は、ディアナの精神的な不安がピークに達してるようだった。
「ね、ディアナ。近頃評判のアトラクションに行かないか?」
「ふあっ!」
不意打ちをされた猫のような反応と共にディアナが顔を上げた。
居間のテーブルにお菓子のレシピの載った雑誌を広げていたのだけど、全くページをめくる様子がないので声を掛けてみたのだ。
やっぱりなにやら考え込んでいたらしい。
「え、えーと」
「こないだサークルで魔術や魔法とかに関わったけどさ、僕たちの周りに魔術を実感出来るようなものって少ないだろ?」
「……うん」
「都市部の中心地にある商業施設が客寄せに去年から始めたアトラクション施設があるんだけど、それが魔法陣を使った設備なんだって」
「へえ」
「重力を感じなくする施設らしいんだけど、自分で飛べるディアナにはあんまり面白くないかも?」
「そんなことないよ。興味ある」
「じゃあ決まり! 行こう」
「うん」
ディアナは少し頬を染めると、雑誌を片付けてお出かけの準備に部屋に戻った。
こういう時は多少強引でも別のことを考えたほうがいいからね。
実際、興味があったのも事実だ。
魔法というのは僕にとって全く理解の及ばないものだけど、白先輩やディアナ、それにハルにはごく身近なものとなっている。
僕ももっと積極的に知っていくべきなんだと思うんだ。
食事は外食をするのでお弁当はいらないな。
ハルのお気に入りのリュックを背負えばもうそのまま出かけられる。
僕がリュックを手にすると、お出かけであることに気づいたハルがフワフワ飛んできた。
「キュ? キュウ?」
「そう、遊びに行くよ」
「キュ~♪」
ハルは淡い緑色だった体色が今は明るいブルーになっていた。
花びらのような模様も少し大きめになって、なんというか、以前より少し派手なカラーリングだ。
しかし見た目は相変わらず丸っこい。
普通妖魔って言ったらこう、怖そうとか、強そうとかそういう感じのが多いっぽいんだけどな。
まぁうちの子は可愛くて特別ということなのだろう。
ディアナの準備も懸念したよりも時間がかからずに終わり、三人で駅から揚力ボートを使って街の中心へと向かう。
今日のディアナは七分丈のパンツに袖なしのワンピース。
ワンピースはオレンジに白く小さな羽のパターンが入った柄だった。
ディアナは髪や目の色に合わせて黒や赤の服装が多いのだけど、僕と出かけるときには極力明るい色合いのものを選んでいるように思える。
黒や赤のスポーティな服装だとどちらかというと格好の良さが際立つけど、こういう女の子らしい服装だと可愛さが前面に出て、僕としては嬉しいやらドキドキするやら、他の男の目が気になるやらで大変困る。
いや、困らない。
嬉しいから困らないぞ。
「イツキ、顔が赤い。大丈夫?」
おおう、ディアナに心配されてしまった。
今、ボートの中で密着状態だからヤバイんだよ。
節の末日は街の中心部にお出かけする人が多くて混むんだよな。
「あ、大丈夫。人多いね」
「うん。安心してイツキは私が守るから」
「ありがとう。じゃあディアナは僕が守るよ」
「えっ、うん」
ディアナのちょっと困った宣言に、お返しの言葉を贈る。
こうやって少しずつ一方的に守る必要はないんだってことを理解してくれると嬉しいんだけど。
それにしても周りの視線が痛いな。
ぎゅうぎゅう詰めのボートから開放されて、ディアナが駅を出たところで羽と尻尾を伸ばした。
窮屈だったんだな。
赤みのかかった宝石のような羽が夏の日差しの下でどこかトロリとした輝きを見せる。
しなやかな尻尾は胴に巻きつけられて艶やかなベルトのようにディアナを飾った。
やっぱり見られているよなぁ。
ちゃんと傍にいないと、変な男に目を付けられたら大変だ。
「ふふっ」
ディアナが笑うので僕は「どうしたの?」と聞いた。
「ハルがちょっと変わった帽子みたいでイツキかわいい」
「おかしいかな?」
「全然おかしくないよ」
ハルはリュックから僕の頭に移動して、存分に夏の日差しを浴びている。
おかげで僕は帽子いらずでとても助かっているけど、他人からどう見えるのか不安ではあった。
くだんのアトラクションの入った施設には大勢の人が訪れていた。
かなり広い施設らしく、並ばなければならないということはなかったけど、これは人に酔いそうだ。
僕は自分とディアナの気を整えると、少しだけ他人が近づかないように操作する。
僕もそうだけどディアナは特にあまり大勢の人に揉まれるのは苦手なのだ。
人の流れの中に少しだけ空間を作ったような感じで施設の中へと進むと、そこにはぽっかりと吹き抜けの巨大な空間があった。
空間の中には透明のチューブや、巨大な四角いキューブ状の設備、天井から床に繋がった何本かのポールなどがあって、大勢の人がそれらに取り付いている。
「行こうか?」
「うん」
ステーションと書かれている床に立つと、前に床がゆっくりと押し出されて僕たちはふわりと浮き上がった。
「おお」
「わあ」
以前ディアナと飛んだときとはまた違う感覚だ。
たとえるなら、呼吸が出来る軽い水中みたいな感じだろうか。
「自分で飛ぶのと全然違う」
「面白いね」
進むには泳ぐようにすればいいっぽい。
何か不思議な感じがするな。
途中にミストゾーンがあって、霧がかったように風景がぼやけ、ひんやりとしたミストに包まれる。
涼しくて気持ちいい。
「この霧、いい匂いがする」
「うん、香り付きだね」
天地を貫くポールは、どうやら休憩場所になっているようだ。
それに方向を変えるのに利用することが出来る。
「このキューブみたいなの、迷路だって」
巨大で透明なキューブは中が通路になっていて、ゆっくりと回転している。
全体的に透き通っているので、中でウロウロしている人の姿が見えた。
「入ってみよう」
「うん」
入り口で順番待ちをしてチケットを渡して三人で入る。
「キュオッ?」
ハルが入ってすぐにぐるぐる回転しだした。
「あははハルやめろ、目が回るから」
中の通路はわりと広い。
しかも、外から透明に見えたのに、中はまるで星空のように藍色の壁に小さな光がたくさんきらめいていた。
むちゃくちゃ方向感覚が狂う。
「あ、行き止まり」
「さっきの通路を左手に行くか」
途中にまるで水族館のような映像や、宇宙空間を浮遊しているような映像があり、迷いながらも楽しむことができた。
それに偶然合流したカップルといろいろ話して情報をゲット出来たのも良かった。
迷路を無事脱出したら記念にビーズの付いた飾り紐を貰えたのだけど、ハルの分がなかったのでちょっとハルが拗ねた。
「帰ったら私が作ってあげるから」
ディアナが宥めてようやく機嫌が直る。
それまでは僕ので我慢しような。
ハルの腕に飾り紐を結んでやるとさらにご機嫌になった。
お前ってほんと、簡単に幸せになれるやつだよな。
僕たちは先程のカップルに聞いたお店を探す。
このアトラクションには無重力ゾーンを取り囲むように、重力ゾーンにいろいろな売店施設があって、食事するところも多いのだけど、ここならではの人気のスイーツがあるらしい。
それは無重力ゾーンの中にあるお店で作られているのだそうだ。
「あ、あれじゃない?」
二つのポールの間にツリーハウスのように作られているお店があった。
無重力スイーツボムケーキと書かれている。
「あれだね」
近づくと、大勢のお客さんが並んでいる。
お店の中心に大きな丸いガラスのような設備があり、そこにお店の人が丸い容器に詰めたタネを投げ入れると、ポンと弾けてちょうどチアガールが使うボンボンのような形になったお菓子が出来上がるという仕組みらしい。
僕たちはそれぞれカカオとベリーを選ぶと、休憩場所として使う空いているポールで上下逆さまになりながら顔を見合わせておやつタイムにすることにした。
このボムケーキは空中に浮かべて食べるのがツウらしい。
「た、食べにくい」
「あ、美味しい。シャリシャリしているとことしっとりしているとこがある。真ん中はアイスかな?」
「ディアナ食べるの上手だね」
空中に浮かせた丸いボムケーキを上品に食べるという偉業をなしているディアナを横目に、僕は悪戦苦闘しながら食べる。
思わず手を使ったけど仕方ないよね。
片手には飲み物の入ったチューブを持っているけど、これも手を離せばその場に浮いているので面倒なことはない。
その日はさんざん遊んで、ディアナは試験のことはすっかり忘れてくれたようだった。
帰ったディアナは早速ビーズを使った飾りを作ったのだけど、ハルは僕の付けてあげたやつを外さなかったので、結局それは僕のものになった。
ありがとうハル。
「イツキにあげるんならもっと気合い入れて作ったのに」
「十分素敵だよ。ありがとう」
いい休日だったな。
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