エピソード5 【ユタカ】 その一

「合格おめでとう!」

「うむ、めでたい」

「キュー!」

「ありがとう、みんな」


 ディアナの高等部編入試験の合格が通知され、秋からはディアナも無事高等生となることが決まった。

 大きな羽を広げたり閉じたりしながら照れているディアナは大変可愛い。

 今はそのお祝いで、珍しく師匠がお金を出してくれて外食に来ていた。

 全種族対応の焼肉店で、個室を借りてのお祝いだ。


「さぁさぁどんどん焼くぞ」


 乾杯もそこそこに師匠は焼き網に肉を乗っけていく。


「さすがに都会の焼肉は上品ですね! 実は憧れてたんです」


 ディアナはその様子を見ながら頬を上気させている。

 やっぱり竜人はお肉が好きなんだろうな。

 上品ってどういうことだろう? 焼肉に下品も上品もないと思うんだけど。


「ディアナの地元の焼肉ってどういうの?」

「あ、うん。ぶつ切りにした肉の塊を大きな石の上で焼くの」

「なるほど豪快だな」

「恥ずかしい」

「恥ずかしくはないよ、一度竜人の里の焼肉料理も見てみたいな」

「そうだね。いつかきっと」

「おいおい個室だからとあんまりイチャつくでないぞ、照れるわい」

「いちゃついてなんかないだろ! って、師匠! もう肉半分食べちゃってる!」

「早い!」

「キュ~?」


 僕たちの喧騒に、一人果物をかじっているハルが不思議そうな顔をする。


「食われたくないなら食え! それが弱肉強食の掟というものよ!」

「まったくもう。ディアナ、食べたいお肉の部位ある? 追加頼むけど」

「じゃ、じゃあハツを」

「ほっほ、食べ放題だからの、どんどん行くのだ」

「じゃあ適当に二、三種類追加しておこう」


 そんなこんなで楽しい時間を過ごして、お店を出たのは夜の十三ぐらいだった。


「デザートのプリン美味しかったね」

「普通のプリンとちょっと違う感じがしたね。何が使われてたんだろう」

「ク~」


 お肉をお腹いっぱい食べて、デザートまで食べた僕たちは、深い満足感に包まれて帰路についた。

 果物をいっぱい食べたハルは、もうおネムで、いつもの定位置である僕の頭の上で船を漕いでいる。


「じゃあワシは大人の時間だから! お前たちは寄り道せずに帰るんだぞ!」

「ジジイ無理すんな!」

「お気をつけて」


 焼肉を食べながらある程度お酒を飲んでいたのだけど、おそらくは足りなかったんだろう。

 師匠は僕たちと別れて、そのまま夜の街へと姿をくらました。

 まぁ言って行くだけ今回はマシだな。


「まったく」


 僕がため息まじりに呟くと、ディアナは笑って僕の顔を見る。

 しばらくそのまま僕の顔を見ながら、やがてもじもじと、何かを言いたいけど言い出せないという風情を見せた。


「どうしたの?」

「あのね、手を、つないでも、いい?」


 ヤバイ、不意打ちを食らった。

 顔が熱いのがはっきりとわかる。


「あ、ああ、そんなのいつもしてるだろ?」

「え? うん、そう、だね」


 ディアナの手を握り込む。

 なめらかでひんやりとした、不思議な心地よさを感じさせる手だ。


「やっと、追いついた。ずっとイツキが学校へ行くのを見てるばかりだった。一緒に学校に行きたいって、子どもの頃からの私の願いだったの」

「そっか。実は僕も、ディアナと一緒に学校で勉強するの、楽しみにしてたんだ」


 学年違いだけど高等部は講義を選んで単位を取得していく授業だから、僕がまだ取っていない講義を一緒に取れば机を並べることも出来る。

 今まで格闘理論を取っていたけど、ディアナと一緒に実戦講義を受講するのもいいだろう。

 バウンティハンターになるのなら実戦は避けては通れない。

 ディアナとのこれからを思って、僕はゆっくりと夜の街を歩いた。


「ディアナ、よかったら一度会ってもらいたい人がいるんだ」

「会ってもらいたい人?」

「うん。僕の親友でユタカっていうんだけどね」

「イツキの親友」

「どうした?」

「ううん、ただ、羨ましいなって思っただけ」

「ディアナだって僕の特別な人だよ」

「……うん」


 ディアナは僕にとって特別で大切な、大好きな女の子だ。

 だけど、親友とか恋人という関係だと言うことが出来ない。

 一度自分の苦しさを全て彼女に押し付けてしまった僕が、どうして彼女にそういった関係を望めるだろうか?

 どうしても僕は疑ってしまうのだ。

 僕はまた、彼女を裏切るのではないか? と。

 死ぬほど苦しい思いをしたときに、また全てを彼女に押し付けて逃げようとするのではないか?

 そんな風に僕はずっと自分を疑っている。

 そう思っていながらも、僕はディアナの手を離せない。

 結局のところ、僕は欲張りで卑怯者なのだと思う。

 そんな風に自分を信用出来ない僕にとって、何が正しいのか? と、考えたときに、思い浮かぶのが親友の顔だ。

 僕が生きる気力を無くしたときに出会った彼は、苦しくて不自由で、辛いはずの生を心から愛していた。

 正しさというものが先へ進むための力なのだと言うのなら、彼の在り方はまさしく正しいのだと思う。

 なによりも今の僕が在るのは彼のおかげだ。

 だからこそディアナには彼に会って欲しかった。


「どんな人?」


 ディアナが僕を覗き込むように聞いた。

 僕は、自分の心を覗き込まれたかのように感じてはっとする。


「すごく楽しそうに笑う。そうすると、こっちもなんだか楽しくなる。元気を貰える、みたいな。う~ん、うまく言えないけど」

「そっか、楽しみ。あ、お土産何がいいかな?」

「みんなで食べられるものがいいっぽいよ。お客さんとお茶をするのが楽しみだって言ってたから」

「そっか」


 我が親友どのは自分から動くことが出来ないから、友達がやって来るのが大好きだ。

 最近は少しは動けるようになったっぽい。

 つくづく凄いと思うけど、そう言うとゲラゲラ笑い飛ばして、「みんなさ、赤ちゃんが歩くのが凄いっていう大人みたいで笑っちゃうよね」とか言ってたな。

 僕はそんな彼に一生敵わないだろうなと思う。

 それなのに全く悔しくない。

 

『樹希はさ、いっぱい悩んでいいんだよ。悩んでも傷ついても、最後にはきっと正解に辿り着く。そういうカッコイイところがあるからさ』


 他人に対する評価が高すぎるのが、もしかすると彼の一番の困ったところなのかもしれない。

 僕は親友を思ってため息を吐いたのだった。

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