エピソード6 【魔王の宴】その六
その後、僕たちは治安部隊の装甲車両のなかで事情を聞かれることとなった。
その装甲車両のなかにはモニターやら通信設備やらあって、急場のことだから仕切りなどもない。
どうもカフェエリアで起こっている騒ぎがまだ収まっていないことが伺えた。
一人ずつ呼び出されて別の車両での事情聴取を受けていたのだけど、容疑者としての取り調べではないのだから、そうかしこまる必要はないと結論づけた僕は、あの後無事に屋上から回収して来てもらったハルを頭に乗っけたまま同じ車両にいる治安部隊の人に尋ねた。
「あの、まだ学校に侵入してきた人たちと交戦しているんですか?」
「ん、ああ、いや、心配いらないよ。すでに包囲が完了していて、要救助者は全員建物の中、穏便に解決を図っているので長引いているだけですぐに決着がつくさ」
僕の言葉に答えたのは、女性の隊員らしき人だった。
ハルが気になるらしく先程からちらちら見ていたが、さすがに仕事中に私語は出来ないのだろう。
僕たちに水や濡れタオルなどを配ったあと、なにやら通信で指示を仰いだり、連絡を取ったりしていた。
そういったことが一段落ついたのを見計らって、僕は彼女に気になったことを聞いてみたという訳だ。
どうやらプロの見立てではカフェエリアの騒ぎはもう収まるらしい。
その答えに、ようやく胸を撫で下ろしながら、僕は隣で会話をしているディアナと、サクラさんと言うらしい長耳族の女の子を見た。
ウサギのような長い耳がとても特徴的で、ピンク色に近い薄い茶色の毛並みだ。
「サイレンが鳴ってびっくりしてトイレに逃げ込んじゃって。しばらくして気持ちが落ち着いたから、外に出て様子を窺っていたらあの怖い人が」
「災難だったね。リリカちゃんはどうしたの?」
「リリカちゃんは先にカフェの席を取っていてくれることになっていたの、心配だよ」
「大変! カフェにいるの?」
ディアナが話を聞いて、ばさりと羽を動かした。
それを見て、車内の他の人がびくりと身をすくめる。
「カフェのほうは避難指示が早かったので軽症者は出ているようですが、直接犯人に撃たれた人はほとんどいなかったようですよ。ほら、もう終わったみたいです」
そんな二人に先程の女性隊員の人が安心させるように話しかける。
モニターを観ると、音声はないものの、犯人達が武装解除されて連行されていく様子が映っていた。
それを観て、ディアナも座りなおす。
「お友達が心配でしょうけど、詳しい事情を教えていただきたいので、もうしばらく待っていただけませんか? あ、みなさんは容疑者ではないので、リングでの通信は制限いたしませんよ」
「あ!」
言われて、二人は友達に連絡を入れることを思いついたらしい。
いろいろ大変だったからリングで通信出来ることに思い至らなかったことは仕方ないだろう。
サクラさんはおしゃれな腕輪タイプのリングを操作すると、通信を入れた。
それに触発された訳でもないのだろうけど、一緒に事情聴取の順番待ちをしていた人たちも、慌ててリングで誰かに連絡しようとし始める。
しんとしていた車内がにわかに賑やかになった。
と、僕の指のリングが振動した。
どうやら誰かが通信を入れてきたらしい。
『やあ、受信できるということは無事ということかな?』
我が探検クラブの会長である。
「会長は当然無事ですよね。心配などしていませんでした」
『なぜだろ、みんなそう言うんだ』
あんな要塞に閉じこもっていたんだから当然だろう。
しかし今連絡して来たということは、事件が終わったことをリアルタイムで知ったということだな。
テレビジョンの中継か、独自の情報網か知らないけど、とりあえずあの要塞の中でも外のことはお見通しということだ。
ん、割り込み通信が入ったっぽい。
「会長、他の通信が入ったので切りますね」
『ああ、無事なら問題ない。君の様子からすればディアナくんも無事なのだろう』
「はい。もちろん」
『はは。では、また定例会で』
会長の顔が消えて、次の通信先がポップアップする。
「母さん」
『今、会社の人から事件のことを聞いて。大丈夫なの?』
「うん、全然関係ない場所にいたから大丈夫。父さんにも安心するように言っておいて」
『そう、よかった』
「仕事中だったのに、心配させてごめん」
『ばかね。子どもの心配をするのは親の特権よ。またね、愛してるわ』
「うん。ありがとう」
どうやら家族に心配かけてしまったらしい。
ふと、隣からの視線を感じて振り向くと、ディアナがにっこりと笑っている。
「友達大丈夫だった?」
「うん。お店の奥のほうで震えてたって。……連絡してきたのお母さん?」
「ああうん。どうやら報道されていたっぽい」
「ボートが飛んでいたから」
「あれは滑空機って言うんだ。浮力とエンジンで飛ぶ飛行機って種類なんだよ」
「あ、あれが飛行機か。羽がない人でも飛べるんだよね」
「うん」
そう言えばディアナの家族は心配していないのだろうか。
そもそも家出している時点でどうなのかな?
というかディアナって確か竜人の里の族長なんだよね。強さが絶対の掟らしいから心配するのは失礼という考え方なのかもしれない。
―― ◇◇◇ ――
「なるほど、友達を攫った男を探していたら怪しい車が見えて、近づいたら悲鳴が聞こえたと」
「はい」
僕はディアナとの打ち合わせ通り、白先輩の存在を省いて怪しい奴に気づいた経緯を説明した。
あの後白先輩は姿を消していたし、どうも治安部隊とかかわり合いになりたくない様子だった。
そこでディアナに頼んで白先輩のことを話さないことにしたのだ。
「なんで直接武力行使をするなんて無茶をしたんだい? すぐ近くに私達が非常線を張っているのは知っていたのだろう?」
まぁ当然怒られるよね。
「すみません。つい、許せなくって」
「いいかい。我が国は法治国家だ。武力を持って武力に対抗する野蛮な国ではないのだよ。君も若いからついつい先走るのはわかるが、ちゃんと彼女を止めないと、いくら竜人と言っても、武器や魔法で攻撃されたらケガをするかもしれないだろう?」
「はい、軽率でした」
「しかし、車をバラバラにするとは、すごい彼女を持ったもんだな」
「そうですね。あれは驚きました」
まぁ車をバラバラにしたのは白先輩だったんだけど、白先輩のことを話さないなら当然ディアナのやったことになる。
さすがに竜人でもあれは無いだろうと思うのだけど、良くも悪くも強さが伝説の域に達しているせいですんなり信じられてしまったようだった。
結局、僕は事情聴取と共に厳しくおしかりを受けて、他の人の倍の時間治安部隊の偉い人らしい相手と向かい合うこととなった。
「いいかい? 本来なら居住区域での破壊活動と戦闘行為で君たちを逮捕拘束する必要があったのだよ? しかし今回は君たちは初犯だし、友達を助けようとして勇み足を踏んだということで、反省文の提出のみでよろしいということになった。功罪で相殺した訳だ。今後はこうはいかんぞ? 心しておくように」
「はい。肝に銘じます」
こってりと絞られて、最後に回されていたディアナと入れ替わる。
僕はディアナにこっそりとアドバイスをした。
「すごく悲しいことを思い浮かべながら謝り続けるんだ」
「わかった」
すれ違いざま囁くと、ディアナが覚悟を決めたように事情聴取とお説教に赴く。
なぜか犯人をボコボコにして車を破壊した(と目される)ディアナ自身のほうが、僕よりも説教の時間が短かったんだけど、どういうことだろう?
さて、さんざん怒られた僕たちだけど、そんな僕たちを待っていてくれた人たちがいた。
ディアナのお友達のサクラさんと、いつの間にか合流したらしいリリカさん、そして一人だけ種族が違う巻角の女の子、ソラさんだ。
話を聞いてみると、どうやらディアナの勉強を見てくれていた友達らしい。
受験前に一緒に勉強会をしていたのだそうだ。
すごい、いつの間にそんな友達を作っていたんだろう、ディアナ。
「実はディアナちゃんに危ないところを助けてもらったんです! すっごい格好良くって、もう絶対友達になるしかないって思ったの!」
長耳のリリカちゃんは真っ白な毛皮のふんわりとした雰囲気の女の子だった。
種族が違うのに、僕にもはっきりとわかるような美少女だ。
聞けば牙あるものの男達に囲まれて乱暴されそうになったところをディアナに助けられたらしい。
まるで物語の英雄譚のようだ。
そりゃあ仲良くなるよね。
しかし、元気な子だな、この子。
しかもなんかディアナが挙動不審なんだけど、どうしたんだろう?
「いやーん、ハルちゃんかわいい~」
「ぷにぷに~」
サクラさんとソラさんがハルをいじりまわしている。
とりあえずハルは迷惑そうにはしていないので大丈夫だろう。
「じゃあ、女の子同士の話もあるだろうから、僕は先に帰っておくよ。今日、晩御飯はどうする?」
事件が起こったのは昼だったのに、すっかり夕方になってしまった。
帰ったら反省文も書かないとね。
「え? イツキさんも一緒に、みんなでお食事しませんか? そしたら食事を作らなくていいでしょう。ディアナちゃんにお話を聞いてずっとご本人と話してみたかったんです!」
リリカさんがぐいぐい誘ってくる。
しかし、女の子四人に男が一人混ざるってそうとう覚悟がいるぞ。
しかもディアナがおとなしい。
困惑しているのか、何か心配なことがあるのか、どうしていいかわからないって顔してる。
「あ、いやごめん、僕は用事があるから、また今度、ね。じゃあディアナ。友達とご飯食べておいでよ」
「う、うん、ありがとう、イツキ」
ディアナはどこかホッとしたような顔で笑って見せた。
やっぱり僕が混ざるのは場違いだったらしい。
正直一緒に行っても話が合わないのが目に見えてるからね。
「え~、残念です」
しょんぼりとしたリリカさんを慰めながら、ディアナは女友達と一緒にどこかに食事に行くこととなった。
ディアナはちょっと僕を見ていたけど、僕が笑って頷くと、安心したように微笑んで行った。
女の子たちから離れたハルが僕の頭に戻って「キューキュー」と何かを訴えている。
「わかった、美味しいフルーツを買って帰ろうな。今日は疲れたし、僕は簡単なものでいいや」
そう言ったら安心したのかハルは頭の上で丸くなって、寝息を立て始めた。
「私のことを話さなかったのか」
「うおう!」
そしていつの間にやら白先輩が背後にいた。
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