エピソード6 【魔王の宴】その三
「またお前か。何にでも首をつっこむ男だな」
白先輩の僕への評価がきびしい。
「いえ、事件に介入しようとしているんじゃないんです。逃げ遅れた人がいないかと思って」
「それを余計なことと言うんだ。だがまぁお前はそういう奴だ好きにするがいいさ」
「先輩はどうしてここに?」
「避難さ」
「避難なら屋内のほうが安全ですよ」
「私のことは気にするな」
白先輩は意識して他人と関わらないようにしている人だ。
しかも根っからのアウトローという訳じゃなくって、本当は人がすごく好きなんじゃないかと思う。
なぜかというと、気がつくと必ず大勢の人の姿を見ることの出来る場所にいるからだ。
何か理由があるんだろうなとは思うけれど、友人でもなんでもない僕が詮索するべきことでもない。
とてもプライベートな問題だろうからだ。
でも、こういう風にあえて群れから距離を取るような生き方は、他人からすればとても気になるものだ。
実際、中等部時代、白先輩はとうていアウトローとは言えない立場になっていた。
魔人種という人類最強の一画である種族であることも先輩を周囲が放置しておいてくれなかった理由だろう。
それに先輩は降りかかる火の粉は払った。
自ら誰かを攻撃したりすることはなかったのだけど、攻撃されたらやり返した。
当たり前と言えば当たり前のことなんだけど、そのせいでいつの間にか学校の二大勢力の片方のトップに祭り上げられていたのだ。
まぁ、とは言っても、本人はそのグループに所属すらしていなかったんだけどね。
名前だけ使われて、派閥が発生していただけの話だ。
白先輩ともう一人の先輩をトップとする二大グループが中等部の学校内で衝突して、校内は荒れに荒れていた。
その原因となっていたのはルール無用の喧嘩沙汰だった。
そこで、僕は彼らの気持ちを誘導してルールに則ったデュエルやゲームで争うように仕向けた訳だ。
その結果、学校の秩序は回復して、僕たちも安心して勉強に集中できるようになったという経緯がある。
そもそも勝負しても勝ち負けもはっきりしない喧嘩や暴力沙汰で争う意味がなかったんだよね。
彼らは衝動的に争っていただけで、やられたらやり返すという収拾のつかない状態に陥っていた。
いずれ僕が関わらなくても、その虚しさに気付いたに違いない。だからその決着は当然の話だ。
とは言え、そのときの縁で、僕は先輩達と結構親しくなることが出来て、白先輩とも顔見知りとなった。
「あ、ハク先輩。以前裏市場で助けてもらったときはろくにお礼も言えなくてすみませんでした」
ディアナはやや緊張気味に僕の少し前に位置していたけど、僕がそう言って頭を下げると、一緒にぺこりと頭を下げた。
「あのときはどうも」
「そう警戒しなくても、私は見境なく他人を攻撃する魔物ではないぞ。いや、そう見えるならそう思っていてもかまわないが」
「……ごめんなさい」
ディアナがあまりにピリピリしているので白先輩が皮肉を言ったのだけど、ディアナもさすがに自分の態度を反省したのかすぐに謝った。
こういう風に自分が悪いと思ったらすぐに謝れるのは、ディアナが素直でやさしいいい子である証だろう。
そんなところは羨ましくさえ思う。
「ハク先輩、その双眼鏡使わせてもらっていいですか?」
「私のものではないし、好きにすればいいだろう? 使う予定もない」
「ありがとうございます」
小さな東屋に設置されている大型の双眼鏡と、銅板に彫り込まれたマップのある場所を確保すると、さっそく学園特区内をチェックした。
一番に見るべきは、カフェエリアから離れた場所にあって、人がそれなりにいそうな場所だ。
家が遠い人たちが一時的に暮らす寮があるあたりが怪しいか。
実は僕たち探検クラブのクラブハウスもこの学生寮地区にある。
あのクラブハウスは建前はともかく実際には部長の家という訳だ。
念のためクラブハウスを窺って見ると、壁の内側に更に背の高い防壁がせり上がっていて、どこの要塞? という状態になっている。
さすが金持ちのセキュリティは凄い。
無駄な心配はしないことにして、一般の学生寮のほうを見る。
学生寮には窓から外を窺っている人がいっぱいいた。
そして、驚いたことに記録端末片手にウロウロしている人が何人か見える。
どうやら騒ぎはカフェエリアで発生していて、自分達のいるところは安全だと判断した人たちがスクープ狙いで記録映像を撮りに動いているようだった。
誘拐されている学生がいるっていう話はあまり広まっていないし、デマだと決めつけているのかもしれない。
と、あちこちをチェックしている内に、怪しい人影を発見した。
その人間は体格のいい大人で、見た目からして竜人種か魔人種のように見える。
はっきりとどちらかは、帽子を被っていて角のあるなしが判別できないのでわからない。
その男は、ふっと影に入ると、姿が見えなくなった。
「ん?」
「どうしたの?」
「今、竜人か魔人っぽい男の人がいたけど、急に姿が消えた」
「どのあたりだ」
僕が疑問を感じて上げた声に、ディアナが反応したので、何が起こったのかを説明していると、白先輩が突然割り込んで来た。
珍しいな。
僕は双眼鏡から目を離して、距離感を修正しながら場所を指し示す。
「あの、寮が立ち並ぶ区画の近くの路地です」
「魔力痕があるな」
「見えるんだ。すごい」
ディアナが驚く。
何か凄いことらしいが、僕にはその魔力痕なるものがわからない。
「魔力痕というのは? あっ!」
問いかけようとした僕の声を無視して、白先輩はばさりと羽を広げると展望台から飛び降りた。
おお、魔人種って飛べるんだ。そりゃあそうだよね、あれだけ立派な羽を持っているんだから。
「ディアナ、追おう!」
「うん」
ディアナが僕を抱えると、同じように展望台の崖から身を投げる。
もうすっかり馴染みとなったごうごうという風の音が耳の中でうなりを上げ、風が激しく顔に打ち付けた。
そして、ふいにその激しい風が止む。
羽を広げたディアナが空中で停止したのだ。
「キュキュウ!」
何が起こっているのか理解していないハルが、楽しそうに僕とディアナの肩を行き来している。
白先輩は、……速い! まるで目の錯覚かと思うような勢いで目的地へとすでに到達しようとしていた。
「ディアナ、魔力痕って?」
「魔力が意識的に放出された痕跡みたいなもの、かな? しばらくの間焦げ跡みたいにくすぶっている感じがするの。私は目では見えないけどね」
「ということは、あの男の人が姿を消したのは魔法を使ったってことか? あ! ってことは魔人ってことだね」
「うん。さっきの先輩の仲間かも」
「ハク先輩はそういうのとは、違うと思うけど」
「カモフラージュかもしれない」
「ディアナ、ハク先輩嫌い?」
「イツキに魔法を撃った」
「いや、あれはトゲのツタに向かって撃ったんだから、そこは許してあげて」
「むう」
どうもディアナにとっては例のツタ退治の件で微妙に白先輩に対して思うところがあるようだ。
そもそもあれは僕がツタの弱点を先輩に伝えてどうにかしてもらおうとしたんであって、先輩は助けてくれただけなんだよね。
それで嫌われるのは気の毒すぎるだろ。
見ると、先に現場についた白先輩は、影の部分をしばし見つめた後、顔を上げると周囲を見回し、また凄いスピードで移動をし始めた。
「ディアナ、ハク先輩を追って」
「うん」
「キュ~♪」
学園特区の状況など全くわからないハルがお気楽に空の旅を楽しんでいるのを見ていると、事件に対する緊張が解けてしまう気がして慌てて周囲に視線を向けた。
上空から見ると、周囲に動いている人影はあまり見えない。
ポツポツと見える人影も、事件が起こっている学園特区の中心部であるカフェエリアへと向かっているようで、僕たちの向かう方向とは逆になる。
と、僕たちよりも上のほうから何やら音が聞こえて来た。
「あ、滑空機だ。報道か」
空を飛べない種族が滑空するための道具はいろいろあるのだけど、そのほとんどは個人用だ。
でもそこから発展して、浮力エンジンを搭載した多人数用の空の乗り物が滑空機と呼ばれている。
僕たちが空を飛んでいるのを見られると後で怒られそうなので、急いでディアナに先輩近くの地上に降りるように言った。
「あの舟、向こうに行くみたいだから建物の間を飛べば見つからないよ」
ディアナは自信満々に言うとスピードを上げて高度を下げた。
あれは舟じゃないよという訂正は後でいいだろう。
低空で建物の間を縫うように飛ぶという行為はスリルがある。
ましてや自分で飛んでいない場合は。
僕は次から次へと視界をよぎる家や木立を意識しないようにしながら、地上に目を向けた。
あ、今。
「ディアナ、怪しい男を見つけた」
先輩が向かっている方向に先回りをかけていた僕たちは、それが功を奏したか、怪しい男を白先輩よりも先に発見した。
男は何かを目指して移動しているように見える。
その視線の方向を見ると、公園のトイレのところで女の子がおどおどと外を窺っているのが見えた。
あの子、あんなところで何しているんだ?
ぴょこんと飛び出た耳は、長耳種の印だ。
長耳種の人って危機察知能力が高くて、ちょっと不安になるとすぐに姿を消してしまうという特性がある。
もしかしてサイレンに驚いてトイレに逃げ込んだのかな?
怪しい男は明らかにその女生徒を狙っているようだった。
「あれ、もしかしてサクラちゃん」
ディアナの呟きが風の合間に聞こえた。
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