エピソード3 【探検クラブ】 その四
通称「裏市場」と呼ばれるそこは、そこそこの人出だった。
部長や僕たちがやすやすと入れたことからもわかる通り、裏と言っても学生でも噂を聞けるぐらいの裏であって、徹底した秘密の場所という訳ではない。
だから客も怪しげな人ばかりでなく、一般人らしき人は多かった。
とは言え、先にも言ったように女子供はほとんど見当たらない。
おかげでディアナは少し目立っていた。
「おわっ!」
僕たちの通り過ぎた場所で男の小さな悲鳴が上がる。
ちらりと見ると苦笑いしながら手をさすっていた。
「失礼だ。私の尻尾を触ろうとした」
どうやらディアナの「お尻」を触ろうとして尻尾ではたかれたらしい。
さっきからちょくちょくこのパターンが発生していた。
まぁ僕が反応する前に、当然のようにディアナが他人の手など寄せ付けないので大きな争いごとになる前に終わっているんでよかったけど。
裏市場で取り扱われているのは、そのほとんどが国外の品々だ。
しかもどうやら正規の税関を通さずに仕入れられたものがほとんどらしい。
もともとは石棺病のための薬を手に入れる場所として開かれたルートだったと聞いている。
石棺病の治療は、進行を薬とリハビリによって押し戻すという地道で根気のいるものだ。
特に効果があるとされるのが「苦痛」であるというのも、その治療に対して世間が沈黙する理由でもある。
石棺病に痛みはない。
だのにその治療には痛みが必要なのだ。
この裏市場では、その痛みを与える、本来なら輸入禁止となっている強い薬が売られているらしい。
つまりとても強い「痛み」を与える薬だ。
治療目的でも使われるのをためらうほどにキツイとされるそれらの薬は、石棺病が酷く進行した人にとって最後の望みとされている。
そしてそれはまさしく「最期」の望みにもなる可能性があった。
「おっ、この肉うまそうだな。どうだ、ディアナちゃんも?」
「えっ、あの」
とは言え、今僕たちが見ている辺りにはそのような怪しげな物は存在しない。
どうやら食べ物のエリアのようで、決して空きっ腹という訳じゃないにもかかわらず、強い誘惑を感じさせる匂いがそこら中から押し寄せていた。
カイの奴がディアナに尋ねたのはこういった市場では定番の串焼き肉の店のようだ。
西方諸国で人気のバーベキューというよりも、南方っぽいスパイシーな香りのする東方のヤキトリっぽい見た目の肉だった。
「食べたいなら言ってくれていいよ。別にサークル活動中は買い食い禁止という訳じゃないし」
カイはどうやら彼なりに気を使って積極的にディアナに話しかけているらしいのだが、人見知りのディアナにとって、体のデカイ男はどうも馴染みにくい相手らしい。
カイは中身はただのマシンオタクだが、見た目は凶悪だからな。
「いえ、あの、そんなにお腹は空いてない、ので」
「そっか。だってさ」
前半はディアナに、後半はカイに対する言葉だ。
カイはじとりとした目で僕を見る。
「お前、過保護じゃね?」
「いやいや、彼女僕より確実に強いよ」
「そういう意味じゃねえよ」
フンと鼻を鳴らすと、カイは気になったらしい串焼きを購入した。
遠慮なく歩きながらガツガツ食う。
ディアナはどちらかというと、スイーツ類のほうが気になるらしい。
特にあまり見ないフルーツをトッピングに使ったアイスかかき氷かよくわからないものをチラチラと見ていた。
地下のこの場所は人が多いからなのか、まだ春先というのに酷く蒸している。
冷たいものが欲しくなるのは道理だ。
「おじさん、その冷たそうなアイス? ください」
「おう、坊主。こりゃあな、フローズンフラワーっちゅう、うす~く削った氷菓子なんやで」
「へ~。ディアナはどれにする?」
「あ、そこのトロピカルフラワーを。あのっ、私の分は私が出すから」
「ここの支払いは貨幣だからいっぺんに支払ったほうが楽だろ。後でなんかおごってもらうからその時はディアナに頼むよ」
「あ、ありがとう」
「くっ、お前ら俺も忘れんなよ」
「ん? カイお前その肉串あるのに冷たいものも食べるわけ? 味が混ざっちゃうだろ」
「そういう意味じゃねえよ! 食いしん坊キャラか、俺は!」
そんな風に言い合いをしながら、僕たちはいったん腰をおろして買った食べ物をいただくことにした。
この食べ物の多いエリアには少し広い空間に椅子やテーブルが並んでいて、色々な人がてんでに座って何か食べているようだ。
僕たちもそこの椅子に適当に座る。
「思っていたより普通そうじゃね?」
カイが五本あった串をぺろりと食べて、追加で何やらどんぶりに入った汁物を買ってきて食べながらそう言った。
僕らはまだ先程のフローズンフラワーを食べている。
薄い氷ともアイスともつかないその氷菓子は、口の中であっさりと溶けて柔らかい甘味とひんやりとした感触を残す。
軽い食べ味だが、食感が面白い。
僕が買ったのはプレーンなので、フルーツが付いていない。
ディアナのはフルーツ付きなので、僕のよりもっと色々な味覚が楽しめるはずだ。
「そりゃあ食べ物エリアだし。ただあまり他では見ないものが多いよね」
「外国人もいるな。何人かしゃべってる言葉がわからん奴らがいた。しっかし広いな、元々はなんだったんだここ」
「デパートの地下店舗街だったんじゃないかな? 上の建物そんな感じだったろ」
「ああ、そう言えば」
「あの……」
ようやく最後のフルーツを食べ終えたディアナが、空になった容器を抱えて俺に言葉をかける。
「うん?」
「今日はここで何をするの、かな?」
「ああ、基本的に探検クラブの方針は体験することなんだ」
「体験」
「うん。現地に行ってその場所を体験する。そして各々が感じたことを語り合ってレポートにまとめて、出来のいいものを雑誌に掲載する。みたいな」
「あ、家にあったあの」
「そそ、あの雑誌ね、この都市だけで販売しているタウン誌みたいなもんだけど、かなり本格的だろ」
「写真は?」
「リングで撮ってるよ」
「あ、そんな機能もあるんだ」
ディアナが自分のリングをいじりながらそんな風に言った。
「おうよ。通称リング、正式名称リング型接続端末には色々な機能が搭載されているんだぜ。特に最新機種には自動翻訳機能もあって、料金を払って設定をオンにすると相手の言葉が派生フィールドによってそのままの言語と翻訳された言葉で左右それぞれの耳から聞こえるようになるんだ」
カイがお得意のオタク知識の披露を始めた。
「お前、その機能入れてるの?」
「入れてるぞ」
何を当たり前なことをといった風にカイが答える。
「オンにしてる?」
「いや」
「しろよ」
さっき外国の言葉が聞こえるって自分で言ったじゃないか。
そんな便利な機能があるなら使ったほうがいい。
「おお、なるほど!」
ガハハと笑ってカイが自分のリングをいじる。
まったく、変なところがオーガらしいんだから。
その様子にディアナも「ふふふ」と笑っていた。
うむ、カイにも段々慣れてきたかな?
「お、兄ちゃんどうした。コレか?」
食べ物の多い場所を抜けて、いよいよ怪しい店が多くなっていた。
周囲に足取りの怪しげな赤ら顔の男や、ゲラゲラ笑いながら壁を指差している男がいる。
そんな場所で唐突に怪しげなテントの前にいる男から声をかけられた。
なんだかさっきから怪しいばっかりだな、僕は。
「女連れで女漁りとか、さすが角なし、おとなしい顔なのにやるねぇ」
僕のことか!
くそっ、角なしが見境がないとかの評判のせいで、こういったからかいは時々受けるけど、ディアナがいるのに!
そのディアナはよくわかっていないのかキョトンとしている。
「それともその彼女はそっちの鬼のにーちゃんのコレかぁ?」
さっきから立てた小指が下品だ。
ついでに腰の動きも怪しい。
ディアナはシーズンじゃないから変な刺激にはならないだろうけど、そうか、ここいらはそういった場所なんだ。
「うちの女はいいぜ~、もの慣れていて、シーズンオフでも男にやさしくしてくれるんだぜ? ましてや今はシーズン中、どうだ、一人買ってみるか?」
男の言葉にピクリとディアナが反応した。
「女性を買う? 人身売買ですか?」
空気が歪むような気配が発せられる。
まずい。
でもなんて説明する? 今のはものの例えで、本当は女性が男性にサービスする場所のようだよって言うのか?
「お、そっちをお探しかい。さすがにそっちはトーシロさんには無理だなぁ」
「あるのか?」
反射的に聞き返した。
「うおっ!」
カイの驚きの声が聞こえる。
とりあえず放置。
「人を商品にしているところがあるのか?」
「え、いや、こ、ここは健全な店だぜ。おい、にーちゃん、ちょ、何したんだ、か、体が動かねぇ」
「答えるんだ。僕の聞いたことに」
にっこりと微笑んでみせる。
相手の心をほぐすのは笑顔だと、師匠からさんざん教え込まれた「読気」の基本だ。
「ヒッ! いや、知らねえ、知らねえって、さっきのはものの例えだろ!」
涙目で震えている。
どうしたんだろう。もしかして何か持病がある人なのかもしれない。気の流れはちょっと淀んでるな。少しいじってやれば気持ちが楽になるんじゃないかな。僕は彼の気を変えてやろうとそっとその流れに触れる。
「おい! 何の騒ぎだ!」
バサッ! と、男の後ろの天幕の入り口が開かれ、中からたくましい体格の男が出て来た。
お、珍しい魔人種だ。ここって魔人種が用心棒に必要な店なのか? この人に聞いたほうがいいのかな?
「キュー!」
その時、急に僕の頭にハルが飛び乗ってかじりついた。
「イタッ!」
甘噛に近い噛み方だけど、ちょっとだけ痛みを感じさせる絶妙な力加減だ。
ハルは賢いなぁ。
「おい、樹希、頭を冷やせ! それとディアナさんも落ち着いて」
「なに? 僕は冷静だよ、カイ」
「うそつけ」
失礼なやつだな。
カイの言葉にディアナを見ると、ケープが少し広がっている。
羽を広げ気味にしているということは魔力を開放する準備をしているのかもしれない。
実際ディアナの周囲の空間が少し陽炎が立っているように歪んで見える。
「む? 動くぬいぐるみか、珍しいな」
魔人種の男がハルを見て戸惑っている。
あ、ヤバイハルを隠さないと。
かわいいから攫われたら困る。
僕は大慌てでハルを頭から剥がしてリュックに再び押し込んだ。
「おい、そいつに構うな」
聞き覚えのある声がした。
「あれ? ハク先輩」
そこには無表情で佇む、中等部時代の知り合いの白先輩がいたのだった。
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