エピソード4 【古の詩】 その二

 授業が終われば探検クラブの定例会だ。

 通常ならクラブハウスで活動方針の検討会と称して、サークル仲間との交流が行われる。

 でも今回は山河さんからの依頼の件があるので、そのための行動方針を決める必要があるだろう。

 裏市場の探索に参加しなかったメンバーへの説明や、体験入部状態のディアナの紹介なんかもしておかないといけないし。

 まぁ悩むのは部長にまかせて、僕はいつものようにみんなの意見を聞くだけだ。


 とりあえずはディアナとクラブハウス前で待ち合わせなので急いで行かないとね。

 僕の受講している授業は最終のものではなかったので、少しだけ時間に余裕もあるけど、ディアナは塾自体は昼までに終わっているはずだ。

 早めに行っている場合、僕より先に授業の終わったサークルメンバーにいじられている可能性もある。

 ……うん、急ごう。


 クラブハウス前に到着すると、案の定早めに来たサークルメンバーとディアナが出会っていたようだ。

 なんだかペコペコ頭を下げあっている。


「よろしくね」

「いえ、こちらこそ」

「じゃあ本当に、うちの部に入ってくれるんだね」

「あ、あの……」


 やばい、なんだかなし崩し的に言質を取られそうになっているぞ。


「美空先輩、こんにちは!」


 僕が声を掛けると、グレーの羽毛の女性がパッと振り向いた。

 彼女はシズカ・美空、我が探検クラブの紅一点である。

 裏市場の探索の際には女性は危険だからと同行しないように言われて、グラブハウスでいざというときのためのお留守番をしていた。


「ディアナ、ごめん、待たせた?」

「ううん」


 あからさまにほっとしたようにディアナが僕に笑顔を向ける。

 ディアナは初対面の相手と打ち解けるのは苦手らしくて、見た目は堂々としているのだけど、内心はかなり焦っていたはずだ。


「なんだ、逸水くんの彼女?」

「あっ」


 ディアナが焦ったように口をパクパクさせて赤くなる。

 大変可愛い。


「いえ、残念ながらまだです」

「はう」


 ディアナは眉を寄せて困ったような、少し嬉しいような複雑な表情を見せた。

 実際問題として、僕はディアナに告白して、ディアナも僕に好意を寄せていると答えたのだから、彼女と公言すべきなのかもしれない。

 ただ、僕達二人の心情としては、恋人同士と宣言するにはどうしても引っかかりがあるのだ。

 それが拭えない限り、恋人とは名乗れない気持ちがある。


「ほう、なんだか好奇心を刺激する二人だね。でもでも今はそれよりも、彼女、ディアナちゃんだっけ? 彼女がうちに加わることで女子一人状態が解消されるということが重要ですよ」

「先輩気にしてましたもんね」

「そうなのよ。同級生の女の子たちにさ、いい男はべらせて悦に入っている女とか言われてるのよ、この私が」

「まぁマサ先輩もエイジ先輩も人気ありますからね」

「あいつら見掛けだけは上等だからね」


 はぁとため息を吐く美空先輩に少々同情する。

 男ばっかりのサークルに女性一人では変な噂が立ってしまうこともあるだろう。

 とは言え、彼女がうちのサークルに入っているのは本人の意思によるものだ。

 どうも部長に興味があったらしい。詳しいことは聞いてないんだけどね。


「先輩、残念ながらディアナはまだ高等生ではありませんよ。いつものように部長の独断による体験入部で巻き込まれただけです」

「え? まだ中等部なの? そっかあ。じゃあ、じゃあ来年入るんだよね?」

「え? ええ」

「だめですよ先輩。まだ高等部の他のサークルも知らない相手にそういう決断を求めるのは卑怯です」

「イツキ」

「うん。確かにそうだね。私が悪かった。変なこと言ってごめんね、ディアナちゃん」

「え、いいえ」


 さすがうちで一番分別があると言われている先輩だけあって、僕の言葉に納得してあっさりと引いてくれた。

 ディアナはちょっと困っている感じだ。

 あの顔は、うちのサークルに入るつもりになっているんだろうな。

 でも、せっかくの高等部時代、もっとたくさんのことを知ってからちゃんと考えて決めて欲しい。

 ここに僕がいるからという理由だけで決めるようなことだけは避けて欲しいんだ。


「キュ!」

「お、かわいい! それが噂のハルくんか。やっと連れて来てくれたんだ」

「なかなか機会がなくって、すみません」


 リュックから顔だけ出して様子を窺っていたハルだったのだけど、話が落ち着いたと見てポンと飛び出して、いつもの定位置である頭の上に乗っかった。

 傍からみると頭にぬいぐるみを乗せた痛い人のように見えるに違いない。


 いつまでも玄関先で話し込んでいても仕方がないので、さっさと入ることにする。

 話は中でも出来るからね。

 勝手知ったるクラブハウスだ。

 美空先輩の認証鍵で玄関をくぐると、いつもの通り奥へと向かう。

 探検クラブの集合場所はいつもライブラリーだ。

 そして当然のように部長は先に来て座っている。

 ていうか、部長ずっとここにいるよね? 授業受けてないよね?

 ただ今日はいつもと違って、円形テーブルの自分の席の周りに書物の山をいくつか作っていた。


「部長、こんにちは」

「こんにちは! どしたの? それ」

「おじゃまします」


 三人がそれぞれの挨拶をすると、顔を上げた部長が笑って肩をすくめた。


「やあ。ディアナ嬢、うちは特に席の決まりなどないからどこでも自由に座ってくれていいよ」


 部長は全員に軽く挨拶を返すと、ディアナに向かって座る場所について説明する。

 僕が無言で部長の反対側の席に座ると、ディアナもその隣に座った。

 美空先輩は部長の隣に座ろうとして、書物に椅子が占拠されているのを見て、その椅子一つ分を空けた隣に座る。


「どうしたんですか、それ」

「ふむ。依頼クエストを受けてね。その資料としていろいろチェックしていたんだよ」

「クエスト?」


 美空先輩の問いに部長が答える。

 どうやら部長の中では山河さんの依頼は探索ゲームの一種となっているらしい。

 まぁ別にそれが悪い訳じゃないんだけど。

 そうこうする内に全員が揃い、美空先輩がお茶を淹れて配ると、我が探検クラブの定例会が始まった。


「まずは簡単に先日の裏市場探索のレポートを作ったので見てほしい」


 部長がそう言って、部員のリングに資料を送付した。

 ディアナはまだ登録してないので、僕と一緒に資料を見る。


「同行した者は経緯に間違いがないか確認を、美空くんは事実関係を理解してくれ」


 皆が無言でお茶を口にしながら内容をチェックした。

 途中で美空先輩の「あーあ、また……」という声と、エイジ先輩の唸り声が聞こえて来たけど、特にそれについてコメントはない。


「さて、その件に絡んで山河氏の依頼を受けた訳だが、まずは古の歌バラッドというものについての理解を共有しようと思う」


 全員が資料に目を通したと見て、部長が話を進める。


「古い言葉で魔法のいち形態をバラッドと呼ぶ訳だが、現代ではまた違う意味で同じ言葉が使われている。さて、何かわかるかな?」


 うーん、そのまんまでいいのかな?


「叙事詩ですか?」


 手を挙げて発言する。


「説明のときにも言われていたよね。うん。他にまだあるよ」

「……歌、か?」


 青い羽毛のマサ先輩が少し考えて答える。


「そうだ。正解。バラッドには魔法と詩と歌の意味がある。おそらくは同じイメージが分離したんだな」

「うん?」


 エイジ先輩がよくわからないといった風に顔をしかめた。


「ようするにその全部の意味合いを持ったものが本来の古の歌バラッドだったということだ」

「エリオット、お前んとこのこのライブラリーもバカみたいに本があるんだからさ、その、魔法ってやつ? の、資料もあるんじゃないか?」


 エイジ先輩は部長の説明を聞き流すと、周囲に収蔵されたたくさんの本を示して尋ねる。

 まぁここの本もたいがい多いよね。


「残念ながらここにあるのは近代の書物がほとんどだね。古いものもあるにはあるが、文学的な資料や学術資料ばかりだ」

「うん? どう違うんだ? 魔法も学術的な資料だろ?」

「山河氏の説明を聞いただろう? 彼の探しているのは本物の魔法の詩なんだ。それと知られていればうちや学校の図書館なんぞにあるはずがない。国家の研究施設や大聖堂の封印の祠などに収められるような物だ。ならば研究者の手垢のついていない、一見普通の古い詩歌の書だと考えるべきだ」 


 部長はどうも自分の思考の過程を説明するのが苦手のようで、いきなり結論を相手に突きつける癖がある。


「部長は、どうして山河氏があの図書館にその魔法の書があると考えていると思われますか?」


 そこへ美空先輩が問い掛けた。

 

「あの図書館が元々は城だったことは知っているね」

「はい」


 美空先輩を始めとする全員がうなずく。

 ディアナが少し驚いたような顔をしていた。

 ディアナは知らないよね。


「昔この国が王国であった時代。ここは巻角の一族の国だった。彼らは強く誇り高い一族ではあったが、戦いを好まない種族だったと言われている。彼らの王という存在の概念は、民を守るもの、守護者だ。王は民を守るためにあらゆる手を尽くした。そして最終的に今の国の形に落ち着いた訳だが、その過程で山河氏の探している魔法を手に入れたのだろう。山河氏の説明では広範囲の癒やしの魔法らしいから、王国の有り様にはぴったりだ。そして、図書館を探索してほしいということは、そこにあるという情報を彼が握っているということだ」

「なるほど、元々城にあった古い書物として、図書館に収蔵されていると考えた訳ですね」


 マサ先輩が納得したように言った。

 この国ではもうかなり昔に王族は市井に降りて政治には関わっていない。

 王城は公的施設として接収されて今の形になったのだ。

 元々城にあったものは王様に引き継がれていないのなら城にそのまま残っていると考えて当然か。

 やっぱり表に出てない書庫の中の古い本を探すしかないってことだよね。


「ただ、おそらくくだんの魔法の書は図書館という施設の中にはないと思う」


 そう思っていた僕達に、部長は全く真逆の考えを示したのだった。

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