最終エピソード 【僕が竜人の彼女といちゃいちゃするのに必要なこと】
高等部を卒業して、僕たちは事務所を立ち上げることとなった。
それは当初予定していたバウンティハンターの事務所ではなく、交渉請負の事務所だ。
内容的には、文字通り、対立する勢力間の交渉や、
さらには、依頼のない状態で、犯罪者や、そこまでいかなくても問題のある活動をしている団体相手に交渉することもある。
事務所の設立資金は、僕自身の貯金とディアナの貯金(多分に竜人の里の資金が混ざっている)の他に、僕の両親と、山河さん、さらに探検クラブの部長である、エリオット・マイカ・ダーグンから援助してもらった。
部長が角なしの国の大きな企業の社長子息であるということは噂で僕も知っていたけれど、実は、代々角なしの国を政治的に支配している五つの家のなかの一つの出であるということを、卒業後の資金援助の話で初めて知った。
驚きの事実だ。
てか、そんな偉いさんの長男がずっと他国の高等部に在学し続けてていいの?
実のところ、部長や山河さんからの資金援助は、僕たちから言い出したものではない。
あっちからの押し付けのようなものだった。
僕もディアナも固辞したのだけど、いつの間にか言いくるめられてしまっていたのだ。
「バックが大きいと活動しやすいよ」
などと部長なんかは言っていたけれど、逆に怖い。
パトロンだからと活動に配慮したりはしませんよと言ったのだけど、笑って「当然だ」などと言われてしまった。
開業祝いとか言って、桁の違う資金を提供するのをやめて欲しかった。
とは言え、僕たちの活動は広域にわたることになる予定だったので、資金が潤沢にあるのは確かに助かることだった。
最初の数年はどう考えても利益は出ない仕事だ。
本格的に仕事として回り始めるのは、ある程度名前が売れてからだろう。
名前が売れるという点では、実はこの事務所には最初から大きな売りがある。
そして去年のゴールドメダルが白さんで、シルバーメダルがディアナである。
二人でそうとう張り合ってぶっちぎりの戦いを展開していた。
観客に危険を及ぼしそうになったのはご愛嬌だ。
ちなみに僕はきっちりと
それ以外にも交渉人資格、国際連盟名誉会員なども持っている。
バウンティハンターの資格は、ディアナと白さんも取得して、二人はそれ以外にも
ここは、どうして白先輩……もとい、白さんがうちの事務所に加入したのかという話をしなければならないだろう。
「ただいま、イツキ!」
「おかえり、ディアナ」
ぼーっとこの仕事のことをつらつら考えていたら、交流試合に出向いていたディアナが戻って来た。
高等部の頃に比べて、とても大人っぽくなったディアナは、まるで燃え盛る炎を思わせて美しい。
最近は、あまりにもきれいになって来たせいで、僕のほうがやや気後れするぐらいだ。
もうすっかりお馴染みになったハグをして、少しひんやりとしたディアナの体温を僕の体温で暖める。
見た目は炎の化身のようなのに、ディアナの体は種族的特徴として少し体温が低いのだ。
「お前たち、人前でも関係なくいちゃつくのはどうなんだ? しかも女性と別れて傷心の私の目の前で」
「いや、ハクせん……ハクさん。それ、確か振ったのはハクさんのほうですよね」
なにやら帰った途端にぼやき始めた白さんに僕はチクリと嫌味を言った。
この人、やたらと女性にモテるんだけど、長続きしないんだよな。
「それは仕方ないだろ。定番の『私と仕事どっちが大事なの?』を言い出したんだから」
「定番ネタなんだ……いや、うちの仕事ってそんな忙しくないじゃないですか。単にハクさんが時間外でも入り浸っているだけで」
白さんは僕の指摘をスルーすると、事務所のソファーで丸くなっているハルに擦り寄った。
ハルはすっかり小型のスマートなドラゴンっぽい姿になって、以前見せた、花びらの形の羽を持った愛らしい竜体に成長した。
今はその羽を畳んでオネムモードだ。
姿は大きくなったけど、基本的な性格は変わらなかった。
護符の花を創り出したりと、出来ることは増えたんだけどね。
「やはり私にはハルしかいないようだ」
「ハルはあなたにはあげないから」
「ハルはあげませんよ。そもそも妖魔とは結婚出来ませんからね」
僕とディアナの声が被る。
「いや、成長して精霊化すればワンチャンあるだろう」
「ない」「ありません」
うん、僕とディアナの心はいつも一つだ。
白さんは魔王化は免れたものの、魔王の力を受け継いでしまい、当初はその力の制御にかなりの苦労をしたらしい。
なにしろ何かをしようと思ったら、勝手に魔力が暴走して、結果を導き出そうとするのだとかで、一年ぐらい他人とほとんど接触出来なかったとのことだ。
道理で全然連絡がつかなかった訳だ。
あれからも色々あって、山河さんとの直通ラインを設定してもらってから、なかなか姿を見せない白先輩について聞いたのだけど、「まぁ大丈夫だからちょいと待ってな」と、大変頼もしいお言葉を頂いた。
僕はもしかしたら白先輩は故郷である魔人の国に戻ったんじゃないかと思っていたのだけど、そういうことだったらしい。
ただ、魔王派とのゴタゴタはやっぱりあったとのことだ。
詳しくは教えてくれなかったけど。独自に調べたところによると、国境沿いの人が住んでいない砂漠地帯で一悶着やったようだった。
なんか隕石が落ちたようなクレーターが出来てた。
白さん、黙って立ってれば格好いいのに、ハルに一目惚れするような残念な人なんだよなぁ。
人間の女性の好みとしては、ちっちゃくて可愛い子が好きとのことだった。
ところが彼女としてアタックしてくる女の子はその逆のタイプばかりで、実はわりと人のいいところのある白先輩は一応お試しとして付き合ってはあげるのだけど、すぐに破局する。
それって告白を断るよりも残酷なんじゃ? って僕は思うのだけど……優しさなのかな?
いや、付き合ったという事実があるだけ相手は幸せなのか?
ううむ。
実はディアナの話だと、ディアナの親友であり、コケティッシュな魅力溢れる白い毛皮のリリカ嬢が白さんに興味を持っているらしい。
タイプとしては白さんの好みにドンピシャなんだけど、ディアナの親友が傷つくのは困るので、僕たちはあまり乗り気ではない。
「それより所長。例の石棺病の治療薬とか言って危ない薬を売っていた組織だが」
「ああ。うん」
「被害者からデュエル依頼をもらえた。セーフティカバーが条件だ」
「わかった。山河さんに繋ぎを取っておく。被害人数は確認出来た?」
「全部は難しいな。特に被害者が亡くなった家族のなかにはそっとしておいて欲しいという方も多かった」
「そっか。そうだね。誰もが強くいられる訳じゃないから」
打ちのめされ続けた人に、もう一度立ち上がれというのは酷な話だろう。
それに話はそんな単純なものだけではない。
家族は騙されたとしても、自分たちの手で患者に薬を与えたのだ。
彼らからしてみれば、自分を責める気持ちも強いのだと思う。
他人を憎む以前の心の状態なのだ。
ましてや、今交渉しているのは他の街の被害者達だ。
この街には山河さんがいるけど、他の街にはいないからね。
「それでも」
「ディアナ」
「それでも戦わなくっちゃやられっぱなしなのに。大切な人を失って、それでも戦わないなんて……」
「うん。ディアナの言う通りだ。だけど、何度も苦しい目に遭った人は、それ以上苦しめられたくないと思ってしまうのも、仕方のないことなんだ。人は戦うために大きなエネルギーを必要とするし、それ以前に立ち上がるためにも力と時間が必要になる。傷を癒やしている最中の人に戦えというのは厳しいことだよ」
「でも……」
「ディアナは優しいね」
「……イツキ」
コホン! と、白さんが咳払いをした。
「その、隙あらばいちゃいちゃするのをやめてくれませんか?」
「いや、いちゃいちゃしてないから」
「うん、してない」
「ふう。ハル、お前のご両親は仕方のない人たちだね」
事務所の騒ぎに寝ぼけまなこで起き出したハルは、「ナニ?」と言うようにコテンと首をかしげる。
白さんはそれをほんわかとした顔で眺めながら、僕たちに言いがかりをつけていた。
そうそう、白さんがこの事務所に所属した理由だけど。
白さんは、その高い能力と、元々勉強は得意だったおかげで、留年しながらも優秀な成績で卒業した。
能力的に卒業後の就職先には困らないと誰もが思っていたんだよね。
それなのに、立ち上げたばかりで先行きもわからないうちの事務所に来た理由は恩返しということだった。
でもさ、普段の様子を見ていると、それって嘘じゃないけど、本当でもないっていうことがわかる。
うちに来た理由って絶対ハルだよね。
というか、僕たちをご両親呼ばわりするのをやめろ。
「まぁともかく、被害者側からの訴えがあったのなら、いよいよ相手側との交渉だな」
「ついていく」
「ディアナは帰ったばかりだろ? 休憩を取って」
「絶対嫌」
「ハルを連れて行くから大丈夫だよ」
「えっ!」
「ハクさんも。ノルマ終わったんだから帰っていいですよ?」
「私も行くぞ」
「いや、駄目だから。ディアナもハクさんも有名人すぎて相手とまともな交渉が出来なくなるからね。ほんと、ワールドチャンピオンとか看板大きすぎるから」
僕は涙目の二人を置いて、ハルと一緒に事務所を出る。
ハルがいつもの定位置である首にくるりと巻き付くと、まるで斬新なファッションのように見えた。
それにしても、うちの事務所では代表である僕が一番弱くて、顔が知られていない。
交渉する際に最初から威圧してしまっては意味がないけれど、舐められるのもあんまりよくないんだよね。
僕はまだまだ読気も未熟で、相手をその気に誘導するのもぎこちないし。
「まぁでも。ディアナにふさわしい男になるにはやり遂げないとな」
「キュー♪」
ハルの頭を撫でると気持ちよさげにごろごろと喉を鳴らした。
こういうところは全く変わっていない。
そういう僕はどうなんだろう?
無力だったあの頃からどの程度成長したのだろうか?
大切な女の子を責め立てた情けない僕はまだまだ心の奥に潜んでいるに違いない。
あのとき、全てを諦めた子どもたちを、絶望のまま死なせてしまった、救えなかったこの手で、一人でも多くの人を救えるようになったなら、僕はいつかディアナと本当の恋人同士になれるのだろうか。
罪悪感なく、彼女を愛せるようになるのだろうか。
今はまだまだ未来は見えないけれど、いつか訪れるその日のために、僕は弱さなど言い訳にしない。
「さて。連中のこの街にある出先機関の情報と、今日、連中主催で違法の地下デュエルが開催されるという情報と、どっちを先に片付けようかな」
怖くないと言ったら嘘になる。
でもディアナに胸を張って好きだと言うために、僕はこの一歩をためらわない。
だって、それが必要なことだと僕は知っているから。
僕が竜人の彼女といちゃいちゃするのに必要なこと 蒼衣 翼 @himuka
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