エピソード8 【目覚めの日】その六
神様は一年にただ一日だけ眠りに就く。
その日を眠りの日として、僕たちは静かに過ごす。
仕事は全てお休み。
大きい音や光の出るものはご法度。
だいたいは静かに読書をしたり、一族の語り部の話を聞いたり、家族でゆったりと一日を過ごしたりする日だ。
神様の眠りを騒がせないように、静かに息を潜めて、ささやき声で会話をする。
そして一年の終わりの日でもある。
「結局ハク先輩から一度も連絡来なかったな」
「薄情者だもの」
「ディアナはもう少しハク先輩に優しくてもいいと思う。優しすぎても困るけど」
僕がそう言うと、ディアナはちょっとだけ嬉しそうにした。
「私が他の男の子と親しくなると困る?」
「当然だろ。言ったじゃないか。僕はディアナを愛してるんだから」
「……嬉しい」
「コホン」
僕たちがそんな話をしていたら、いきなり師匠が小さく咳払いをした。
「わしがいるのにいちゃつくでない」
「いちゃついてなんかいませんよ」
失礼な。
単なる事実確認だ。
師匠は呆れたように溜め息を吐くと、「やってられるか」と言って、ごろりと横になった。
「お師匠さま、もうご飯だから寝ないで」
ディアナがそんな師匠に釘を刺す。
全く、いい大人なんだからディアナに面倒をかけないで欲しい。
「しかしお前たち。眠りの日の前に家に帰ればよかったんじゃないか?」
「眠りの日の前日は切符が取れなかったんですよ。その前は色々あって、それどころじゃなかったし。まぁ明けたら帰るって両親には言ってありますから大丈夫です」
「私は家出中だから帰らない」
作り置きの料理を保冷庫から出して来たディアナはきっぱりと言った。
その件についてはさんざん話し合ったのだけど、ディアナは頑として譲らなかった。
それに、どうもディアナの故郷は神様への信仰心よりも戦いが優先されるらしく、さすがに眠りの日に暴れたりはしないけれど、明けの日のお祝いには武術大会をやるということだ。
そのため年末年始の里帰りは、争い事が嫌いなディアナにとって苦痛でしかない帰郷になるのだそうだ。
ぶれないな竜人。
族長であるディアナがいなくても大会はやるんだ。
ディアナによると、族長は単に里で一番強い竜人であるってだけの話とのことだけど、そんなことだからお金の管理とかいい加減なんだな。
どんぶり勘定でも平気な、竜人の稼ぎっぷりが凄い。
そのため、明けの日の聖堂でのお祝いは、僕と一緒に郊外の僕の地元の聖堂で行うこととなった。
ディアナは明けのお参りは初めてとのことで、とても楽しみにしている。
「しかし、眠りの日は酒が飲めんのがいかんな。飯は冷たいし」
お酒はともかくとして、ご飯が冷たいのは僕もちょっと辛い。
火を使うのも厳禁なのだ。
お昼はサンドイッチだから少しはマシかな?
あの日、白先輩が魔王に打ち勝った日。
ハルが大きくなったのはそこにいたみんなが見ていたとのことだ。
僕の勘違いではなかった。
しかし全てが終わった後にいたのは、いつものぬいぐるみのようなハルだったらしい。
らしいというのは、僕が倒れたことでディアナがパニックに陥って、それをなだめるのに周囲が苦労したせいで、誰もハルのことに注意を払っていなかったからだ。
気がつくと、ハルは僕の上で丸くなって寝ていたとのこと。
ハルに関しては、山河さんが「街生まれの妖魔だから色々変わり種でもおかしくはねえな」などと言っていたらしい。
その山河さんだけど、僕は倒れてしまって、迷惑ばかり掛けてしまった。その後全然会えてないし。
またまた姿をくらました白先輩はともかくとして、山河さんにはお礼を言いたかったのだけど、以前突然お邪魔して忙しい山河さんの時間を削ってしまうという、思慮のないことをしてしまったせいで、なんとなく気後れして直接は会いに行けないし、眠りの日から続く休みの準備を兼ねてバザールを巡ったけれど、残念ながらカエルさんにも会えなかった。
ただ、意外なところに繋がりがあって驚いた。
ディアナの友だちの女の子たちが街住みとのことで、山河さんのことを知っていたのだ。
会うことはあまりないらしいのだけど、明けの日には挨拶に行くとのことなので、お礼の伝言を頼むことにした。
僕も街住みの友人がいない訳ではないのだけど、高等部に上がってからあまり会ってないので連絡が取れない。
連絡先の交換とかするような間柄でもなかったしね。
「ハル、よく寝てる」
食事の後、師匠は部屋に籠もり、僕たちは庭を眺めながらお茶を飲んだ。
ハルはこの日は朝からずっと眠ったままだ。
幻想種は、より神様に近しい存在なので、神様の状態に大きく影響を受けるらしい。
白先輩のときのことは、もしかしたら神様が手助けしてくれたのかもしれないとも思う。
もちろん、神様は世界の営みを見ることは出来ないのだから、そんなはずもないのだけど、なんとなく、ときどき大きな意思に守られているような気がすることがあるんだ。
翌日、明けの日で賑わう街を、僕たちは二人で駅へと歩く。
ディアナは種族の正装とのことで、赤と黒を基調にした裾の長い、サイドが開いている上着に、七分丈のズボン、斜めに二重に掛けられた飾りベルトという格好だ。
実に凛々しい。
人が多い場所を歩くと、多くの人がディアナを振り返るのだけれど、その振り返る人は圧倒的に女の子が多いのはどういうことなのだろう。
僕は実家に帰ってから正装するので、今着ているのはちょっといいよそ行きといったところだ。
この格差がいけないのだろうか?
明けの日の郊外行きの船は意外なほどに空いていた。
みんな眠りの日の前日に帰るのだろう。
郊外への路線は地上のレールの上を走る船だ。
正直、ディアナなら飛んだほうが速いだろう。
だけど、ローカルな路線をもの珍しげにディアナは楽しんでいた。
背中で羽がパタパタしていて、大変可愛い。
今日は目を覚ましたハルがディアナの上で一緒にパタパタしているので、よけいに可愛かった。
懐かしい街並を歩いて、小等部の学校の隣にある聖堂に向かう。
聖堂には光を用いた飾りがたくさん飾られている。
空にも色付きの煙を使って人気キャラクターの絵が描かれていて、子どもたちのはしゃぐ声が少し離れた僕たちの場所まで届いていた。
鐘の音が響く。
どうやらお昼前の礼拝時間に間に合ったらしい。
神様、去年はたくさんのことがありました。
白先輩のことがあった後、僕は不思議なことに、少しだけ、自分が嫌いではなくなっていたんです。
なんでだろう。
白先輩を手助けしたのは確かだけど、師匠の言うように、危うい、力不足ばかりが目立つ、ギリギリのやり方で、反省ばかりだった。
半分以上は、白先輩が自力で頑張った結果だ。
最後の最後で、白先輩が魔王の呪いをねじ伏せなければ、きっと失敗していただろうと思う。
そんな、後悔の多い出来事だったはずなのに、僕は少しだけ、救われたような気がしている。
なんて言うか、僕って本当に調子のいい奴だなって思う。
ディアナにまだまだ相応しくないと思う一方で、絶対にディアナを離さないとも思っている。
醜くて、愚かで、足りないばかりで、それが今の僕だ。
それなのに、僕は少しだけ、自分を許してしまっている。
神様。
こんな僕の声は、あなたにはどんな風に聞こえているのでしょうか。
世界を覆う多くの命の囁きの一つとして、微笑ましく思ってもらえるのでしょうか。
ああ、でも。
僕はいつだってあなたにはお礼を言いたくてたまらないのです。
ディアナをこの世に生み出してくれてありがとうございます。
僕たちを出会わせてくださってありがとうございます。
多くの命が棲む豊かな世界をありがとうございます。
「イツキ。歌が始まるって!」
ディアナが僕の手をギュッと握る。
それは硬くてひんやりとした手だけれど、他の誰よりも尊くて美しい、僕の愛する人の手だ。
「歌の後は、食べ歩きをする?」
「うん! あ、あそこシラユキちゃんじゃない?」
「あ、ほんとだ」
懐かしい幼馴染を見つけて、僕らは出会った頃のように走り出す。
ギュッと手を繋いだまま。
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