第二話 総軍激突

「3000名の──いえ、3001命の献身によって、私は生き延びたの」


 人類断絶戦線リヒハジャ。

 その巨大な壁の内側で、そこに設置された巨大な弩弓を背にしながら、彼女はすべての魔族へと呼びかける。


「これは安い買い物だったの。たったそれだけの命で、魔族の未来をつなぐことができたの。私が、いまここで諸君を指揮できたの」


 彼女の辛辣で残酷な言葉は、総軍へと響き渡る。

 だが、動揺する者は一兵卒に至るまで存在しない。

 すべてのモノの瞳に、同じ光があった。


「だけれど──」


 彼女は一度目を閉じ。

 カッと、見開く。


「こんな犠牲は、二度と許されないの! 私たちの、魔族の尊厳を、命を踏みにじった人類に、もはや容赦は存在しないのです! 後悔させるの、我らの命を買い叩いたことを! どれほど高い買い物をしたのか、人間たちに思い知らせるのです!」


 彼女の両手が開かれる。


「彼らは国葬されるの! 死んでいったすべてのものは、国の礎として、聖者として祭られるの! あなたたちは〝まばゆきもの〟とひとつになるの! これは、未来を創る戦いなのです!」


 その矮躯から放たれるすべてが、巨大なうねりとなって、全軍へ伝播する。


「勇敢なる彼らに報いるために! その命を無為にしないために! 魔族の未来を灯すために! 私はここに──ロジニアの撃滅を誓うのです!」


「「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」


 地が鳴り、空が震えるような大号令。

 それに康応する兵士たち。

 狂奔。

 異なる種族をひとつにまとめ上げ、たったひとつの目的にために突き動かす、それこそが姫様のカリスマだった。

 彼女は、右手を空へと突き上げ、誓いを契るように叫んだ。


「ズィーム・ハイウル!」

「ハイウル!」

「ズィーム・ナイド!」

「ズィーム・ハイウル!」

「「「魔王様に栄光あれズィーム・ハイウル・フィロ・ソフィア!」」」


「征くのです! 勝利のために!」


 大合唱と大音声。

 士気はこれ以上もなく高まり、そして、決戦の火ぶたは切って落とされた。


§§


 第一陣がぶつかり合ったのは、その日の昼ことだった。


 リヒハジャの巨大な壁。

 その城門が開かれると同時に、壁の上に姿を見せた無数の弓兵と魔術師が、高さを活かし、魔術と矢の雨を人類軍へと降り注がせ、気勢をそぐ。

 そこで、これまで長く戦線を支えてきたノーザンクロス伯の重装騎兵が、衝突力を活かすべく先陣を切って門から飛び出した。

 ムセリ卿の軽装歩兵がそれに随伴し、槍をまっすぐに突き出した。

 さらにネヘハンジャ卿の重装歩兵が後衛を支え、両翼にはタージマハ卿が指揮するグリフォン、セントール、ユニコーンなどの高機動中隊が展開。

 一軍は凸型になって、突撃していく。


 対する人類は物量戦術。

 100万を超える前衛の軽装歩兵が、横隊をくんでまっすぐに突っ込んでくる。

 それはさながら、人間の津波だった。


 衝突する魔族と人類。

 切り結ばれる剣、槍、斧。

 血が噴き出し、手足が吹き飛ぶ。

 炸裂する魔術。

 悲鳴、絶叫、断末魔。


 先頭にひと当てしたノーザンクロス伯は、切羽詰まった表情で絶叫。われ先にと前線から逃げ出す。

 指揮官が逃げたのを見て、騎兵は総崩れ。

 衝突力を活かすこともできず、ネヘハンジャ卿の背後まで撤退してしまう。


 これを好機と見た人類軍は、さらに兵士を投入。

 一気呵成に攻め立てる。

 オークやゴブリン、リビングアーマーを主軸とした、重装歩兵たちがギリギリで受け切るが、そのままじりじりと後方へと追い詰められてしまう。

 逐次投入される人類軍の兵士の数はついに総軍に及び、魔族の陣地は完全に侵食を許す。

 弧を描き、弓字型に歪曲した魔族戦線は、そのまま破断の一歩をたどり──


「いまなの! ラッパを吹き鳴らすの!」


 姫様の号令とともに、人類断絶戦線より、勇壮なるラッパが響き渡る。

 戦線の壁の上に、次々にナイドの国旗──赤地に白丸の旗が掲げられていく。

 その瞬間、戦場の潮目が変わった。

 狼狽えたのは、人類のほうだった。


 ラッパが吹き鳴らされるとともに動いたのは、両翼で待機していたタージマハ卿の高機動師団。

 人類には到底不可能な、獣と魔性、ふたつの力を持つ魔族だけが可能にする異次元的な速度で、タージマハ卿は人類軍の両脇を攻撃する。

 また、敗走したかに思えたノーザンクロス伯の重装騎兵は、人類に気づかれないように戦場を迂回し、その後方より挟撃を図る!


 前面をネヘハンジャ卿の重装歩兵が。

 両脇を軽装騎兵が。

 そして後方をノーザンクロス伯が抑える。

 

 そう、この瞬間、前人未到の400万人類に対する包囲網が完成したのである。


 さらに砦の内側から、魔族の虎の子──ハイドリヒ卿率いるエルフのロングボウ師団と、アーロン師の魔術師団が出撃。

 次々に包囲網の内部、人類たちに矢と魔術の雨を降らしていく。

 大恐慌に陥った人類だが、もはや逃げ場はなく、大軍ゆえに意思伝達もできず、次々に打ち取られる。


「さあ、仕上げなの」


 姫様がいま、すべてに終止符エンドマークを飾るべく、右手を掲げる──

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