第五話 ふたりの王妃と、残酷な真実
魔族という生き物は、嘘をつかない。
その生き様は恐ろしいほど実直で、不器用とすら言える。
彼らが人間以上の力を持ちながら、それでも大陸の覇者たりえぬ理由──この世界の盟主たりえぬ理屈が、それだった。
種としての数以上に、魔族はあまりに愚直すぎたのだ。
だが、それは必ずしも良いことにのみ、まっすぐであるという意味ではない。
純粋であるということは、すなわち欲望にもまた、正直であるということなのだから。
二十数年前、アルヴァ王が最初に娶った王妃もまた、その純粋さの化身であったという。
アーゼル・ルナーク・フォン・ナイド=ネイド。
最初の王妃である彼女の側用人として、デーエルスイワさんはナイドの地を踏んだらしい。
もともと、ウンディーネであるデーエルスイワさんは、水の中で産まれた。
魔族領の中央を流れ、大陸のいたるところに支流を伸ばす大河──チフテレス大河。
その上流で商いを行う荒くれもの──
河賊らしく悪行を働き続けた彼女は、やがて死の侯爵ブギーマン・サムディ・ミュンヒハウゼンに捕縛された。
本来なら、彼女はそこで、死刑になるはずだった。
だけれどそれを、ルナークさまが救い上げたのだ。
彼女と同じような境遇の魔族はたくさんいて──そのほとんどが、いまはもうこの世にはいない。
「ルナークさまが救いの光に見えていた時間は、ほんの一瞬でした」
彼女は、その氷のような表情を崩すことなく、
「あの方は、欲望にひどく忠実で。なによりおぞましい願いを──不老不死という呪いを抱いていたのです。そのために、私は……」
彼女の、自在に姿を変えられる特性。
そして、体内にある程度の大きさのものを隠していられるという能力。
そのふたつがルナークさまの耳に入ったとき、デーエルスイワさんの地獄は始まった。
彼女は、王妃お抱えの暗部──魔族さらいとして活動することになったのだ。
若い娘の──血液を集めるために。
「生娘の生き血を浴びれば、不老不死が、永遠の美が手に入ると、あの方はお考えになられたのです。私はあの方の命令のままに行動し……ですが、やがて耐えきれなくなって……だから、この手で──」
結果、ルナークという王妃は、この世から姿を消した。
「でも……だったらどうして、デーエルスイワは侍従長になれたのです? 国の財政を守る国庫の長になることができたの? 仕方がない事だとしても、それは罪なので」
「姫様。それは、あなたのお母様のおかげです」
姫様の質問に、彼女は穏やかな微笑みで答える。
「ルナークさまのことで、臣民の不満は爆発しかけました。人類との戦争も、ちょうどそのころ末期で……あわやナイド王国断絶という可能性もあったのです。そんなとき、一人の人間の女性が、ロジニアからやってきたのです」
「まさか、それが……」
「そうです。あなたのお母さま──アガフィさまです」
旧姓ロジニア・ド・エレオス・アガフィ。
神聖ロジニア帝国第一王女。
ロジニア皇帝の一粒種。
そんな人物が、なんのために敵国に乗り込んできたかといえば。
「休戦のためでした」
「つまり母様は、戦争を終わらせるため、人身御供になったの……?」
「なぅー、それはちょっと違うぞー」
ハイドリヒ伯が、お茶を口にしながら苦笑する。
「15年……いや、17年前の戦争はひどいもんでな、人間も、魔族も、そりゃあ行き着くとこまで行きかけたんだ。それをな、アガフィさまは悲しんだ。そして、戦争を止めるために、単身敵地であるこのナイドに踏み入って、アルヴァ王に求婚したのさ──平和のためにってなー」
だから、この地に住まう魔族はみな、かの王妃を愛していたのだと。
その献身を間近で見たからこそ疑わなかったのだと、ハイドリヒ伯は言う。
「はじめはなー、人間だからって邪険にしたさ。でもなー、あのおひとよし、本当に嘘をつかないでやんの。おまけに白兎王ともイチャイチャしやがってさー」
そして、アガフィ王妃はこの国を変えた。
民のためにならないすべてと戦い、どれほどそれが困難でも笑みを絶やさず。
そして、一度も嘘はつかなかった。
やると言ったことは、すべてやりとおしたのである。
「そのときアガフィ王妃は、私のことも弁明してくださったのです。それを聞き届けられた王様は、ご自身も苦しかったはずですのに、信賞必罰の理によって私を正しく裁き──そして、この国のために必要だと、言ってくださったのです。咎にまみれた私を許すと。あまりに寛大に」
「ルナーク王妃っていう、魔族のよどみを排除した。罪と功績を天秤にかけて、より大事なものを、我が友は選んだのさ。結果、このウンディーネは国の財政を管理するまでになった」
「そんなことがあった……なの」
姫様も、この辺りの経緯は知らなかったのだろう、戸惑ったように目をぱちくりしていた。
そんな彼女をまっすぐに見つめ、デーエルスイワさんは言う。
「ソフィア王女様。あなたさまはお母上を快く思われてはいないかもしれません。人間という種である以上、軽蔑はぬぐえないかもしれません。しかし私や、ハイドリヒ伯にとっては、かけがえのない恩人であり、友人なのです」
だから、今回自分たちは、姫様に協力するのだと水の精霊は言った。
ハイドリヒ伯もまた、首肯を返す。
ただ、その表情はそれまでの弛緩したものではなく、どこか張り詰めたものに変わっていた。
「それでよ、第三王女さま。いまだからこそ、我が友が病に臥せるこの瞬間だからこそ、わたしはおまえに、真実を伝えたいと思ってるんだ」
「真実なの? いまもたくさん聞いたのです?」
「なぅー……もっと大事なことなんだ。アガフィさまが、どうしていまここにいないのか、その理由だぜ。王女さま、おまえは、いま亡き母上のことを、どう聞いているんだ?」
「……母様は、私を棄てて国に帰ったと、そう聞いているの」
「それは、偽りだ」
「!?」
目を
しかし、ハイドリヒ伯は黙ることなく、僕らに凄絶な事実を開示した。
あまりに最悪な真実を、口にしたのだった。
「おまえの母親、アガフィさまは──第一王女と、第二王女の手で、毒殺されたんだよ」
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