第五話 飛べないホムンクルスはただの(略)
「あびゃぼべべべべべべべべべべべべべ──!?」
やあ、ごきげんよう、諸君。
ホムンクルスのレヴィだ。
え? なぜそんな、豚のような悲鳴を上げているかって?
それはだね、
「空の果てまで、かっ飛んでいる真っ最中だからさあああああああいやあああああああああああああああああああ!?」
拝啓、前世の息子夫婦よ。
僕はいま、天にも昇る思いだよ……
§§
「じつはなの、私はかねてより、飛翔術式を研究しているのです。あと少し発想の転換ができれば、たぶん大陸の半分ぐらい飛んでいく魔術になると思うの」
「あ、そのブレイクスルーを僕に聞きたいわけですね? よかった、てっきり瓶からムリヤリ引っ張り出されるのかと──」
「そこで今日は、レヴィに実験体になってもらおうと思うのです。未完成の飛行術式で、瓶を飛ばすのです。レヴィは瓶の中に入ったまま外出できる。これはとても素晴らしいことなの」
「ちょっと待てぇええええ! それはいわゆる人体実験──」
「では──たかい、たかーい、なの」
そんなセリフとともに、姫様は僕の入った瓶を王城のテラスから外──青空へと放り投げた。
瞬間、瓶の底に膨大な魔力が集中し、発光。
ロケットのような推進力をもって加速をはじめる!
姫様は魔族だ。
なかでも、竜族と呼ばれるとても強力な種族だ。
その膂力×魔術×無茶=大気圏突破速度だった。
『それは、さすがに言い過ぎだと思うけどなぁ……』
うるさい、滅べ。
この強力な過重を体感できないから、おまえはそんなことが言えるのだ。
見ろ、いまの僕を。
瓶のふたに張り付いて、つぶれたカエルみたいになっているだろうが!
まだ上昇しているんだぞ、この瓶!?
残機が減らないイベントなのに、命の危機ってどういうことだ!
『そんな偉そうにキレられても……それに、ほら、マスター。ここからはなかなか稀有な景色を、見ることができるよ?』
アテンに促され、僕は眼下に視線を落とす。
正直それまでは、風景を楽しむ余裕などなかった。
しかし業腹なことに、この性悪相手に軽口を叩くことで、変な度胸がわいてしまったのだ。
そうして、僕は稀有な風景というものを見下ろし、
「────」
いうべき言葉を失う。
いま僕は、おそらくだが前世で旅客機なんかが飛んでいる高度よりも、もっと高い位置にいる。
そんな高さから見下ろす景色は、見事な三色に塗り分けられていたのだ。
僕の真下──雪化粧をまとった、白いナイド王国。
その東に、溶岩を吹き出す火山地帯。
そして西側には肥沃な大地と、青い、青い無数の湖があった。
白と、赤と、青が、そこには広がっていて。
そんな美しい大地で。
──無数の魔族が、争いあっていた。
戦争と言えるほど大規模ではない。
だが、確かな争いがそこにあったのだ。
『人類との休戦協定。それについての対応で、魔族は大きく揉めた。結果、三つの勢力に分裂したんだ。ひとつは穏健派──これがナイド王国の、現国王。そして残りが、保守派と急進派だよ。それぞれ、爵位を持つ貴族たちが、御旗を掲げつつ先導している。襲われるまで待つか、打って出るか、不利な条件でも講和をも結ぶか……それを決めるための内乱さ』
変わらないと言えば、これこそ変わらないことなのだろう。
たとえ人間でも、魔族でも。
争いを終わらせるために──彼らは争うのだ。
僕は、落下しながら考える。
世界はどうして、こんなにも理不尽なのだろうかと。
なぜ、こんな世界に僕は、転生してしまったのだろうかと。
死にたくない。
心の底から、そう思う。
「ところでだ、アテンダント」
『なんだい、マスター』
「これは、いまの僕が抱くべき、至極もっともな疑問だと思うのだけれど」
『もったいぶるねぇ』
わかった、率直にいこう。
「僕、このまま落ちると、どうなるんだ……?」
性悪な
『さあ? 瓶が割れて死ぬんじゃない?』
楽しそうに、そういうだけだった。
「あびゃぼべべべべべべべべべべべべべ──!?」
上昇が終わる。
一瞬の重力の消滅とともに発生する、下への加速。
頂点まで上昇した瓶は、論理的帰結として落下を始めたのだ。
いままでとは逆の荷重で、僕の身体はつぶれていく──
……その後、姫様がジャム瓶をナイスキャッチするまで、僕は合計17回の、
「死にたくない!」
という絶叫を上げることになるのだった。
ああ、是非もなし!
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