第二話 はじまる内戦と裏切り者

 本格的な戦端は、翌朝に開かれた。

 それを早すぎると嘆くものも、宮中には少なくなかったが。

 宣戦布告からよくぞ四日間持ちこたえたと、姫様の外交努力を称賛する声のほうが多かった。


 姫様の王位継承権は、依然として高くない。

 それでも多くの貴族が彼女に賛同したのは、それこそ人徳ならぬ魔徳がなせる業だった。


 チフテレス大河を境界として、相対した三つの軍隊は、必然的に魔術戦の装いを見せた。

 この大河は、流域面積が前世におけるメコン川と同じぐらいあり、渡河しながらの戦闘など、もってのほかだったのである。


 魔族とはいえ、空を飛べるものは限られる。

 妖精族では戦力にならず、竜族など、それこそ王族にしかいない。

 滑空できる魔物はいるが、そんなもの魔術とロングボウで狙い撃ちされる。


 当然の帰結として、遠方からの投石、そして遠距離魔術の打ち合いに終始することになった。

 むろん、それを騎士や兵士たちが静観するわけもなく。

 それぞれにイカダや船を準備し、戦線の突破を試みた。


 いまのところ、その試みはうまくいっていない。

 魔族の戦い方は、その圧倒的な衝撃力に任せた正面突撃──つまり、中世騎士のそれである。

 カルタゴ以前のローマにも劣るようなそれは、戦場での礼儀作法同然であって、人類との戦闘経験者である一部の貴族以外、戦術の重要性すら理解していないのだった。

 それは、本当に幸運なことだった。

 もし東軍か西軍に、高度に発達した戦略を知るものがいたのなら、あっという間にナイドは攻め滅ぼされていただろう。

 そのぐらいは、戦術の素人である僕にも理解できた。


 さて、大河を挟んだにらみ合いは、半月も続いた。

 東軍はその数を活かし、チフテレス迂回の方策をとったが、これにナイドは全軍の4割を差し向けることで食い止めることに成功する。

 西軍はそのままの位置で、しかし昼夜問わず魔術の雨をこちらの陣地に降らして、賢く消耗を強いってきた。


 ずいぶん前だが、僕は姫様の姉君たちを指して、戦上手だと言ったが、それは撤回しなくてはならない。

 何度でも繰り返すが、もし初撃に総軍が投入されていたのなら、ナイドは既に陥落しているのだ。

 彼女たち、あるいはその背後で暗躍する貴族たちの暗愚さが、戦力の逐次投入という愚策を取ったことで、僕らの命は首の皮一枚繋がっているのである。

 もっとも、それは彼女たちが馬鹿であるということではないのだが。


「姫様!」

「どうしたのレヴィ、いきなり大声を出して?」

「これ、これは! 天下三分の計です!」

「なんの話なの?」

「以前お話しした、三国志を覚えていますかっ?」

「もちろんなの! チョーウン・シリューがかっこよかったの!」

「天下三分の計は、孔明という軍師が持ち出した、作戦方針のようなもので──」


 本来ならば、強大な一軍に対し、ふたつの軍隊で当たり、三竦みの拮抗状態を生み出すという、平和のための策謀だ。

 最悪なのは、僕らナイドに対してそれが仕掛けられているということだ。

 東西ナイドが内々に協力──あるいは非干渉を貫くことで、ナイド王国だけが、共通敵となってしまっているのである。

 そう、もっとも国力で劣るナイド王国が、実質二正面作戦を強いられているのだ。


 曹操を抑えるために劉備と孫権が同盟を結ぶはずが、劉備を倒すために孫権と曹操が手を取り合っているという最悪のパターンだ。

 これは正面決戦では決して打開できない形だ。

 策が、必要だった。


「ならばレヴィ、私は命じるの。妙案をひとつ、考えてほしいと」


 できるなら、すでにそうしている。

 というか、すでに残機を削って僕は手を打っている。

 だけれど、万物全知という能力には欠点がある。

 それは、この世に解法が存在しない問いかけに対しては、方法がないという答えしか返ってこないことだ。


『残り59だよ、マスター。ぼくはすごく楽しいからいいけど、あんまりホイホイ使っていると、すぐ死んじゃうよ?』


 アテンの珍しく真摯な忠告に頷き、僕はもっともらしい方便を姫様へと向ける。


「姫様、いま、この国の責任をしょっているのはあなたです。だから、あなたがそれを考えないといけないのです。いえ、考えるのは僕でもいい。でも、決めるのは姫様です」

「…………」


 わずかな沈黙。

 命を預かるうえでの責任。自らの号令で、民を死地に送るという覚悟。

 姫様はそれらを勘案して、


「わかったの。私に、考えがあるの」


 確かな口調で、そう答えられた。


§§


 季節が収穫の秋を迎えるころ、戦死者が目立つようになり始めた。


 魔術を互いに打ち合うだけの戦場だが、しかしそれは、魔術師を守る盾持ち部隊や、東ナイドをかろうじて押し込めている歩兵部隊があってものだ。

 歴然たる事実として、すでにナイド王国は、死傷者を含め1000名近い犠牲者を出していた。

 ……逆に言えば、わずかその程度の被害に収まっていた。

 毎日届く戦死報告を事務的に処理しながら、姫様は冷静な判断を下す。


「東ナイドを迎え撃つ、第二機動大隊を再編するの。こちらの兵士の中から、ケンタウロス族、ワーウルフ族、ヘルハウンドにバイコーン、とにかく足が速いもの集めるの。これをもって中央を突破、攪乱。後詰めのオークとギガンテスの部隊に大型の盾を配備、互いをかばいながら半円形に包囲するの! 決して、一対一で戦ってはならないの!」


 それは、騎馬隊や竜騎兵の戦い方だ。

 同じ速力の兵士を並べ、一気呵成に進軍し、敵の隊列を乱す。

 同時に、魔術に秀でたものがバイコーンやユニコーンに騎乗し、敵を各個撃破する。

 そののち、瞬時に転身し、後列の部隊と入れ替わるのだ。


 伊達騎馬軍が行ったのと同じ、ヒット&アウェイの戦い方。

 姫様はこれを、僕の教えた断片的な寝物語から独自に構築して見せた。

 天才というほかがない。

 彼女はドクトリンを実践し、東軍を見事抑え込んで見せたのだ。

 その結果が、少ない死傷者なのである。


「西ナイドを一気に攻略するのは難しいの。だから、セイレーン、ウンディーネ、魚人のマーマン、水馬のケルピーは、深く静かに潜航し、渡河を実行するの。少しでも水辺に近づいた相手国の兵士は、引きずり込んでいいの!」


 水べりの兵士を退陣させるという戦略は、地味だが効果的だ。

 敵の戦線を後退させれば、それだけ魔術の威力は減衰する。

 こちらの魔術も届きにくくなるが──その分、死傷者は減るのである。

 むろん、この部隊は決死隊だが、ノルマンディーよりはましであろう。


 さらに姫様は、水軍の準備を始めていた。

 無論、一から作るわけではない。

 かつてブギーマンが語っていた、チフテレス大河の上流域に住まう、河賊の力を借りようとしているのだ。

 その使者として、彼らに縁が深いデーエルスイワさんが、早馬を飛ばし現地へと向かっている。


 いつ相手側が、こちらと同じ手に出るかわからない。

 同じ作戦ならば、物量と質の差で絶対に撃ち負ける。

 そんな絶望的な予測と、それを裏切るための無数の方策によって、戦線はぎりぎりのところで維持されていた。


 こちらが一瞬でも圧倒する場面など存在しない。

 間一髪で、崩壊を先延ばしにしているだけだ。


 このままではいずれ、ナイド王国は陥落するだろう。

 しかし最後まで姫様と、姫様に付き従うものが抵抗を続けるのなら、東西ナイドもまた、尋常ではない被害を出すはずだ。


「ともかく、なんとしても講和に持っていくの。話をすれば、きっと姉上様たちもわかってくれるの!」


 姫様はその一点張りだった。

 それがどれほど困難な理想であるか、彼女自身が一番理解しているはずなのに。

 母親の敵に対して、かたくなに彼女は、和平を求めた。

 その心意気に打たれ、臣下たちは彼女のために粉骨砕身でつくした。


 ……たったひとりを除いて。


「──レヴィさん、迎えに来たですだ」


 それは真夜中。

 晩鐘が鳴った後。

 姫様が疲れ切って、執務室で転寝をしているとき。

 その魔族は──彼女は僕の前に現れた。


「姫様の計略、そんのすべてはぁ、レヴィさんがお教えになったもんですだよな? だったら、一緒に来てくんろ」


 姫様の専属メイド、アトラナートさんは、姫様の胸元から僕の入った瓶を取り外し、そんな勧誘してきたのだった。


「おねげぇですだ、レヴィさん。第二王女様がぁ、あんたを軍師に迎えたいと、そう仰せなんだぁ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る