第三話 災厄はどこから?
「条件があると言ったら、アトラさんは聞いてくれますか?」
「わっちには、そんなむつかしいこと決める権限はねぇだすだ」
だろうな。
僕はひとり頷いた。
アトラナートさんは僕を抱え、窓の外へ──そのまま城から飛び出す。
『さて──ここまでは予想通り事が運んだわけだけど……マスターはどうして、彼女が裏切り者だと気が付いたんだい?』
わからいでか。
というか、姫様ですら、知っていて口をつぐんでいたのだ。
彼女は演技が、下手すぎる。
『彼女、ね。誰のことかな……それで、理由は?』
アーロン師は、王さまや王妃さまに毒を投与していた。
だけれど、それはどうやってだろうか。
毒味係はしっかりと仕事をしていて、料理は厳選されたシェフが行うのに。
『……なるほど。給仕役なら、ターゲットが食べる直前でも、毒を混入できる、というわけだね』
そう。
だから姫様は好き嫌いがひどかった。
そもそも、毒が入っていると悟っていたからだ。
だから姫さんがパンを食べたがらなかったとき、アトラさんは冷や汗をかいた。
失敗すれば、彼女がギーアニア第二王女から糾弾されるからだ。
まあ、そこはいい。
幸いなことに、姫様はまだ、致死量に至っていないようだし。
だから問題は──
『このメイドの主が、交渉できる相手かどうか、ということだね』
そういうことだと、僕は頷く。
ひとりで頷いているのだから、アトラさんにしてみればひどく奇怪ななにかに映るだろう。
僕は、率直に訊ねた。
「ギーアニアさまは、なぜ僕を欲しがったのですか?」
「簡単ですだ。さっきも言ったとおり、レヴィさんがソフィア姫に入れ知恵しているからですだ」
「いや、それは理由にならない」
「……なんでですだ?」
正直、問答している暇はない。
それでも尋ねる必要があった。
例えば僕の万物全知に解答する力──これが、解決法が存在しない事柄には、方法がないとしか答えられない欠陥能力であることを知っていたとしても、知らないのだとしても、同じように。
「とても簡単なことです。このまま攻め続ければ、いずれナイドは陥落する。僕がいようが、姫様が妙案を思いつこうが、です」
「ですけんど、レヴィさんがいなけりゃ、もっと早く」
「なぜそこまで急ぐんですか?」
「────」
僕がそう尋ねたとき、彼女は確かに息をのんだ。
彼女の種族、アラクネは隠密行動に優れる。
その八本ある脚を巧みに動かし、彼女は城下町を音もたてずに疾走し。
いま、城下町の外れにとめられていた馬車へと、乗り込んだ。
もちろん、僕も一緒だ。
おそらく、どこかで第二王女の内通者が準備をしており、このまま国外に出る寸法なのだろう。
うまいこといってもらいたいものである。
僕は話を続ける。
「放置しても勝てる戦い。それを急ぐ理由があるとすれば、ひとつしかない。資源を浪費できない理由があるからです」
「資源……」
「財的、物的、人的な資源──ありていに言えば戦争を継続するために必要なもの。ねぇ、アトラナートさん。ふたつばかり、教えてくださいよ」
馬車が揺れる。発車したのだ。
アトラさんが、すさまじい目つきで僕をにらむ。
怯むことなく、僕は尋ねた。
「あなたは、どうして姫様を裏切ったんですか?」
「……ゆるされねぇことだと、わかっちゃいただ。それでも、わっちの故郷を救うためには、病に冒されたぁ村の衆をたすけるには──」
そこまで言って、彼女は口を閉ざす。
これ以上は、教えてくれないということか。
「では、二つ目です」
アトラナートさん。
「ひょっとして──西ナイド王国は、もう戦う力が残ってないんじゃないですか……?」
僕のその問いに対する答えは、数日後、別の魔族の口から明かされることになった。
チフテレス大河を遠く超えた先──巨大な湖を要する、水源に恵まれた領地。
旧ブロイド侯爵領にして、現西ナイド王国。
その中央、湖の真ん中に作られた石作り城の玉座から。
紫のドレスを身にまとった、妖艶なる毒婦。
ギーアニア第二王女は、僕へこう告げたのだ。
「わたくしー、とても機嫌がよいので、今日はあなたの流儀に合わせて差し上げるつもりですかも、ホムンクルス?」
西ナイド王国では。
「人間領から持ち込まれた災厄──
それはつまり、彼女の領地において。
食料の備蓄がほぼないことを、物語っていた──
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