第五話 人類の苦境

 僕の知る限り、人類の歴史とは戦いの歴史だった。

 そして、それはいつも、大軍で少数を蹂躙するか。

 あるいは逆に、いかに寡兵をもって大軍を打ち破るかという歴史だったと思う。

 同じ兵力同士のぶつかり合いなど、それこそ数えるほどしかないのだ。


 寡兵であっても、一時だけなら大軍を相手取ることは可能だ。

 正面からぶつかっても、わずかな時間なら耐えることができる。

 ただ、それはできるだけであり、そのあとに待っているのは、全滅という憂き目に過ぎない。

 有史以来、人類はただ、その打開策を考え続け、わずか数百年で、最適解を導き出した。

 それがゲリラ──つまり、遊撃戦闘である。


「陣頭指揮は、現在唯一の転移魔術の使い手ブギーマンと、その旗下の埋葬部隊、河賊からの選抜者にやってもらうの。6から12名の小規模な隊員からなる部隊を率いて、各地に潜伏。目標を定めず、高度な現場判断において、人類軍に奇襲を繰り返すの」


 こちらに攻め入ろうとする人類軍の、出鼻をくじく待ち伏せ。

 補給路を定期巡回する部隊に対する襲撃。

 昼夜を問わない奇襲による、精神の疲弊。


 とにかく、相手の嫌がることをすべてやる。

 それが、姫様の提案した基本原則ドクトリンだった。

 魔族はもとより寡兵。

 だが、個々のポテンシャルは、人間よりもはるかに高い。

 スタンドプレーでこそ、その真価は発揮されるのだ。


『なるほど、考えたね。人類の食糧事情は、いまやお察しだ。そこで補給物資を潰してしまえば、前線に糧食が行き届かなくなる。餓えはなにより苦しいもののひとつだし、戦意はいやおうなく低迷する』


 加えて言うのなら、いたずらに戦争を長引かせることができる。

 姫様の計略で食料その他の備蓄が十分なナイド魔族連合と、大飢饉とこちらの暗躍でいまにもクーデターが起きそうになっているロジニア人類連合では、後者のほうが明らかに早期決着を望んでいる。

 もちろん、姫様も、早期講和を望んでいる。

 この辺りがうまくマッチングすれば、あるいは本当に、戦争は終わるかもしれない。


「だからこそ、ですか。姫様?」


 僕がそう問えば、彼女は一度目を閉じ、深呼吸したあと答えてくれた。


「無論、備えはするの。万が一を考えて、大規模魔術実験は繰り返しているの。西ナイドを焼いた炎も、人類を溺れさせた毒も、その時のための試金石なの」

「姫様、以前も言いましたが、僕は〝あれ〟を忌避しています。できれば使ってほしくない」

「分かっているの。それでも、レヴィは協力してくれているの」

「瓶を割られたくはないので」

「……瓶を守る魔術ぐらい、レヴィも覚えればいいの」


 それも前に言ったとおりだ。

 僕の総身に宿る魔力は果てしなく少ない。

 この瓶を持ちあげるので精いっぱい、その程度の魔力しかないのだ。


「姫様、まだ、後戻りはできます」

「でも、私の手にはいま、機会を掴もうとしているの」


 その小さな手が、ぎゅっと握られる。


「捕虜の尋問で聞き出した、ロジニア皇帝との連絡方法。これは、いましか使えない、いまだから効果がある切り札なの。だから、レヴィ、私は──」


 彼女は。

 魔王フィロ・ソフィアは。

 これまでも独断専行を続けてきた、愛すべき赤雪姫は。

 決意とともに、こう告げた。


「私は、ロジニア皇帝と会談の席を持とうと思っているの──戦争を、終わらせるために」


 彼女のその言葉は、現実となる。


 明くる月、秋の入り口。

 僕らはその人物との密談を実現させた。


 すなわち、ロジニア・ド・ヴィエトロ・ドノガ──第31代神聖ロジニア皇帝との、秘密裏の謁見であった。

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