第五話 即応近衛連隊ソーツ・タイフェ
ラカン卿との会談を終えた姫様は、休む暇もなく叙勲会場へと向かう。
このあとに、人類断絶戦線最大の功労者ノーザンクロス伯への勲章授与式があるからだ。
その合間の、わずかな時間。
彼女はひとりの青年と会っていた。
「騎士レニス」
「は、はい! ズィーム! 魔王陛下!」
「……そんなにかしこまられても、面倒なだけなの。楽にするの」
「はい! 楽にいたします!」
廊下を歩きながら、器用に《やすめ》をして見せるライオン頭の魔族、レニス・ダオ。
彼は、騎士の位を叙せられていた。
もともと魔族にとって、騎士は先頭に立って戦うものぐらいの意識しかない。
しかしそれは、逆説的に騎士ならば部隊を指揮できるということでもあった。
姫様の発案により、急速に戦術の近代化が進む魔族軍では、試験的に新兵の育成を行っている。
中でも彼、騎士レニスが連隊長を務める、
前世でいうところの、武装親衛隊にあたる。
姫様を守るための最新鋭部隊。
隊員は3000名で、現在選抜訓練中。
その訓練の内容に関して……僕は彼らに、謝罪しなければいけないと思っている。
『いやー、姫様から脅されたからってさ、口を滑らかすのはどうかと思うよ?』
本当、それだ。
水浸し、泥まみれ、睡眠時間をガリガリ削られ、低体温状態に追い込まれながら、各種訓練をこなすまさに地獄のような7日間。
そこでは常にノルマと競争が課され、成績が悪いものはさらに睡眠時間を削られていく。逆に成績上位者には、睡眠時間がプラスされる。
そんな訓練内容だから、当然醜い争いが起きる。
修羅場だ。
僕はこれを、うっかり姫様に教えてしまったのだ。
その本来の主旨を知った姫様は狂喜乱舞し、是非やらせてみようと言い出した。
そんな訓練を突破したばかりのレオス青年である。
気丈に振る舞っているが、目の下のクマは色濃く、頬はがっつりやつれていた。
ついこの前まで一般魔族だった彼らには、まったくもって荷が重い訓練だったに違いない。
しかし、彼らは自ら志願して、姫様の親衛隊になろうとしているのだ。
その意思は。尊重されなくてはならない。
『……マスター。ぼくはね、マスターのことをこれでも大切だと思っているからさ、あえて、あえて聞くね。本心は?』
僕を守る盾が増えるよ! やったねレヴィ!
『マスターってさ、生き残るためなら下種な真似でも平気でやるよね……』
なんで呆れているのだ。
当たり前だろ、僕は死にたくないのだ。
無意味な死など、ごめんこうむる。
「いま、連隊の練度は、どの程度なの?」
姫様が、レニス青年の様子を案じつつ尋ねると、獅子頭の彼は勢いよく返答してみせた。
「はっ! 我が連隊は意気軒高! 不撓不屈の精神で、怨敵人類を滅ぼしつくし、姫様に必ずや勝利を献上します! この身の忠誠こそが誉れです!」
「そこは民のためというの。大事なのはナイドの民なの」
「はっ! 失礼しました! ナイドの民を守り、姫様の御心を安寧に保つためにも、この命をすりつぶし、常勝不敗の敢闘精神で!」
「……はぁ」
珍しく大きなため息をつく姫様。
まあ、騎士レニスは、この通り姫様に心酔しているのである。
彼だけではない、3000名すべての連隊隊員がだ。
なぜなら彼らは、あの日、姫様の演説を聴いた3000名の臣民たちなのだから。
『これも、マスターの入れ知恵?』
違う。
姫様は自分で、この境地に至った。
その狂気に、辿り着いた。
ザ・サードウェーブ実験というものが、前世にはあった。
スローガンを決め、自主的にルールを決めさせることで、善良な市民を一瞬で過激な思想持ちに、本人たちが気が付かぬまま変えてしまう悪魔の実験である。
姫様が彼らに掲げさせたスローガンはひとつ──〝姫様こそが、魔族を人類の悪夢から解放する〟。
そして、彼らが自主的に決めたルールは、連帯行動。
姫様を守るために、あらゆるものを犠牲にし、一兵卒の乱れもなく戦い続ける。
その思想が──彼らをヘルウィークから生還させた。
ヘルウィークの真意は、過酷な訓練でいたずらに脱落者を出すことではない。
ノルマをクリアすることで、連帯感を身に着け、なによりも同胞を信じるための気構えを身に着けさせることにある。
このあとにも、彼らを火山と冬山での訓練が待っている。
魔族の中でも比較的戦術に明るい諸侯とともに、即応近衛連隊は成長していくだろう。
仲間のために、国家のために、なによりも姫様のために。
身震いするほどの、すえ恐ろしさをもって。
「騎士レニス」
姫様が名を呼べば、彼はすぐさま直立不動の体勢を取って見せる。
彼女は背伸びをして、そっと彼の頬にふれると、柔らかい口調でこういった。
「その努力、とてもうれしく思うの。だから、今日だけは同僚たちと、休息をとることを許すの」
「は、しかし、我々は」
「城下町に行ってみるといいの。あなたたちの故郷はいま、お祭りの最中なの──」
彼女の視線が、城下へと注がれる。
「これは地獄週間を耐え抜いて、仲間の大切さを知ったあなたたちへの──心ばかりの、恩給なの」
城下では、ランタンに火が入れられていた。
大晦日の、夜がやってくるのだ──
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