第六話 祝え戦勝の夜を、弔いに歌え魔族よ
ナイド城下町は、まさしくお祭り騒ぎだった。
町中に
このお祭りは、新年の日の出を拝むことで完成する。
それまで魔族たちは、家族や友人、仲間たちと、思い思いの時間を過ごすのだ。
それは静かな時間であったり、バカ騒ぎであったりする。
目抜き通りでは、この日だけの特別な商品が、飛ぶように売れていく。
多くは食べ物で、いくつかはお守りの類。
西ナイドが焼却されたことで、食料は不足し始めたはずなのだが、今日ばかりはその気配も見えない。
その理由は、姫様の意向にあった。
§§
王城で開かれた、ノーザンクロス辺境伯の叙勲式は、無事終了し、宴の時間となっていた。
「──今日は」
上座に座った姫様が、大きく手を広げながら、その場に集まった魔族の重鎮たちに告げる。
「今日は、祝いの席なの。無礼講なの。皆には日ごろの労をねぎらって、たくさん楽しんでほしいの」
彼女の言葉に、ハイドリヒ伯が苦笑する。
「なぅー、魔王さまよー、そうは言ったって戦時下だぜ? 騒ぎ立てる余裕なんざ、わたしたちにはねーだろ」
「同感だ。
同意を示したのはその場の主役、デュラハンのノーザンクロス伯だった。
彼は小脇に抱えた頭部に、いかつい表情を作りながら、姫様に言う。
「吾輩が思うに、これから人類戦線は苛烈を極めるだろう。祝福の雪はいずれ解け、侵略者たちがやってくる。兵士たちはまた、死地へ赴く。吾輩は、それを素直に喜ぶことはできない。いまこそ気を引き締め、常在戦場であらねばならん!」
彼の言葉と、歴戦の武士だけが持つ威圧感に、集まった諸侯の半分が賛同した。
彼らは口々に、そうだそうだとはやし立てる。
「綱紀粛正!」
「たるんどる! ぶったるんどる!」
「民も兵士と同じ苦痛を味わうべきだ!」
姫様が、露骨にため息をついた。
そうして、彼女はあっさりと前言を翻す。
「たしかに、ノーザンクロス伯たちの言い分もわかるの」
彼らが我が意を得たりと言葉を重ねようとした瞬間、姫様の舌鋒は、最大の鋭さでカウンターを決める。
「ならば、いつ休むつもりなの?」
「……いつ、とは」
「ノーザンクロス伯。あなたは戦士なの。戦いに生きるものなの。一番よく、戦をわかっているはずなの」
「吾輩に対する労いの言葉……ではないようですな、第三王女よ」
「私は魔王なの。そして、これは本心からの労いなの」
彼女の言葉に、皆が首を傾げた。
アテンダントが笑う。
僕だけに告げる。
『またやらかすつもりだね、造物主どのは』
姫様が告げる。
その矮躯が、大きく見えるほどの威風に満ちた声音で。
「戦いで功を上げたものを労わないなんて、統治者として間違っているの。そして! 戦果を挙げたのは、この国を守ったのは──あなたたちだけではないの!」
ノーザンクロス伯が息をのむ。
ハイドリヒ伯が、口元を楽し気に歪める。
諸侯たちが絶句する。
「すべての兵士たちが、戦線を支えたの! すべての民たちが、兵士たちの営みを支えたの! なによりも死んでいった者たちが、私たちの今日を作ったの! 私たちは、彼らにこそ、報いなければならないの。彼らが礎になったからこそ、〝まばゆきもの〟の渦に還ったからこそ、この未来が築かれたのです!」
彼女は、その場にいたすべての魔族──
全員が、軍事や執政において要職に就く者たちばかりだ。
その彼らを見渡し、告げる。
「ならばこそ、生きている者たちをないがしろにしてはいけないの。あなたたち上に立つものが休まなければ、いつ民草は休めばいいの? 私たちが笑わなければ──いつ彼らが笑えるというの! 常在戦場なんて、お笑い種なの。必要なのは、一刻も早い安らぎなの!」
姫様は、まっすぐにその事実を突きつける。
「休むべきときに休めなかった軍隊が、勝てるわけがないの! なんのための越冬なの。なんのための春季決戦の準備なの! 張り詰めた糸は、いつか切れるの。どこかで弛緩が必要なの。大きく跳ねるためには、膝を曲げる必要があるように!」
彼女の言葉に、ノーザンクロス伯がうめく。
アトラナートさんが口元を押さえ、デーエルスイワさんはすまし顔。
ブギーマンさんが、にやりと笑い。
そして姫様が、言った。
「だから今宵は無礼講なの! 存分に楽しみ、存分に英気を養うの! すべての兵士たちに通達するがいいのです。いまこそ安らぎの時間だと。それを奪う権利なんて──私たちにはないのです!」
「──は」
そこで。
ガチャガチャと、なにかが鳴った。
ノーザンクロス伯。
彼の鎧が、揺れていた。
「ガハハハハハハハ!」
それは、とても楽しそうな、笑い声だった。
「なるほど! なるほど、これはハイドリヒが期待するわけだ! なるほど、ガハハハハ!」
「なぅー、ノーザンクロス伯?」
「ああ、心配するな宮中伯。吾輩は正気だ。だが、姫様は──そうか、これがあの内乱を生き延びたしたたかさか。いいだろう。良い、素晴らしい。魔王さま、どうかこれまでの非礼を詫びさせてもらいたい」
「うむ、特に許すなの」
姫様が答えると、彼はさらに笑い、
「ならば、今宵の宴は吾輩が財を割こう! 宝物庫を開け放て! 秘蔵の酒を、食糧を放出するのだ! なるほど無礼講とあらば──前線帰りの吾輩の部下すべてに、同じように酒を配れ!」
彼が副官にそう命じると、ハイドリヒ伯も続いた。
「なぅー……エルフの村にも同じように通達するぞ。倉を開いて、今日は祝いだと、存分に食べさせて、存分に酔わせて、存分に詩を歌えと触れ回れー」
そして。
それに諸侯たちが続いた。
王城のいたるところで、街のいたるところで、国中で酒樽が割られ、食料が放出される。
魔族たちは大いに騒ぎ、大いに喜んだ。
これこそが、姫様の望んだものだった。
姫様は平和を願った。
そのためには、戦い、勝ち取らねばならなかった。
そして、長く戦うためには……どうしても士気の高揚が、民衆の支持が必要だったのである。
だからレニス青年にも、ああいったのだ。
その日、朝日が昇るまで、魔族たちは騒ぎ立てた。
いまという貴重な平和をかみしめ。
それを守るために死んでいった者たちを悼み。
日の出とともに、彼らは祈りをささげ、そして眠りにつく。
初日の出を、僕は姫様と一緒に、王城でみていた。
「きれいな光なの」
「そうですね」
「この光が、あまねく魔族を照らし、私たちの未来を明るくすることを祈るの」
「確かに、これは光ですね」
「……できることなら、強すぎる光は使いたくないの。私は、それを諦めてはいないのです。だから、レヴィ。約束するのです。もし、私が道を違えたときは──」
彼女の言葉を遮るように、僕は言った。
「姫様、僕は死にたくないのです」
死ぬのが怖いし、自分が無為に消えるのが、恐ろしくてたまらない。
「人間みたいなことを言うのホムンクルスなの」
「だとしても、僕は死にたくないのです。そして僕が生きているためには、姫様にも生きていてもらわないと困ります」
「……まったく、レヴィはあまちゃんなの」
仕方がないと、彼女は言った。
「なら、私も精いっぱい生きるの。戦争を終わらせて、世界を平和にするまで。だからレヴィ、いまは、どうか祈ってほしいの」
「はい」
僕らは祈った。
いつか、平和を勝ち取る日のことを。
死した者たちの安寧を。
明日を生きるものたちの幸せを。
──だが、ぼくらのそんな願いは、雪解けとともに崩壊する。
春が訪れたその日、人類軍は切り札を。
最強の人類──〝剣聖〟を戦線に、投入したのだから。
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