第三話 人と竜の子ども
「内乱を加速させて、人類がこちらに攻め入る機会をつくる。それがソフィアちゃんの仕事なんですわよねー? だってあなたの母親は、ロジニア皇帝の娘なんですもの!」
嘲笑と侮蔑、あるいはそれ以上の悪意をもって、第二王女様は決めつけを口にする。恐ろしい憶測を語る。
それが真実だと、信じている顔で。
「そもそもー、あなたの母親がお父様に取り入ったのだって、このためではないのかも?」
「ち、ちがうの姉上!」
「お父さまが倒れたことにも、あの忌まわしい人間とソフィアちゃんがかかわっているとかかも?」
「そんな……私は、母さまは──」
「おーほほほほ! 必死なのだわー、おもしろーい!」
「────ッ」
ギーアニアさまに一笑され、姫様は臍を噛む。
聡い彼女は、この〝
ふたりの王女は共謀し、自らの潔白を証明する。
そして、すべての咎を姫様に押し付ける。
そのための論拠は、たった一つあればいいのである。
彼女たちと、姫様が腹違いの姉妹であり。
なにより姫様の母親が人間で──魔族の大敵の娘であるという、事実さえあれば。
ああ、なんたる
「……ちがうの」
姫様は、か細い声で反論する。
だけれど、それに応じる者はいない。
彼女の視線が、頼りなく揺れ、一同を見回す。
第一王女様は、どこまでも傲慢に。
第二王女様は、あくまでも悪辣に。
ノーザンクロス伯の胴から離れた首は、小脇に抱えられいかめしい表情を浮かべている。
ハイドリヒ宮中伯の怜悧な目は、状況を見定めるべく細められていた。
そして王の専属医アーロン師は、苦渋に満ちた表情でうつむいている。
もしこの場で迂闊な発言をすれば、あっという間にふたりの王女、その背後に控える大貴族を敵に回すことになるだろう。
あらぬ疑いで、身に危険が迫るかもしれない。
誰もがそのリスクを避けたいと思っており。
誰もが何事もなく終わってほしいと願っている。
つまり、姫様の立場は最悪で──
「どーしてこうなった!」
思わず、僕は叫びだしそうになった。
なんだこれは?
異世界転生といえば、チートスキルでウハウハするものじゃないのか?
少なくとも、かわいい姫様に仕えるという意味で(無理難題を吹っ掛けられ寿命は削れるが)僕のセカンドライフは充実していたのではなかったのか。
ところがどうだ?
姫様は、まるで黒幕あつかい。このままでは本当に、王様を害した反逆者に仕立て上げられてしまう。
まずい。
非常にまずい。
そうなれば僕はどうなる?
待っているのは処分セールだ!
『そう、マスターは禁術で作られている。つまり、とっても希少なんだ』
アテンが言う通りなら、僕の価値は計り知れない。
なにせ万物全知のホムンクルス。
利用方法は山ほどあるし、もし魔術の発展に役立てたいとかいう馬鹿が現れでもしたら……
『解剖されちゃうかもね!』
解剖とか、そんなものはロズウェルだけにしてもらおう!
冗談ではない。
僕はただ、平和に暮らしたいだけなのだ。
死にたくないだけなのだ!
考えろ……!
考えろレヴィ!
僕にヘイトが向かず、ついでに姫様がこの場を切り抜けられるような妙案を搾りだせ。
万物全知だろう、僕は。世のなか頑張ればなんとかなると若者に見せつけるのだ……!
『老害……』
うるさい!
ちょこちょこ茶々を入れてくるアテンを無視し、僕は必死で考えた。
そして思案の末。
僕の脳髄に、電流が走ったのだ。
「……ひとつだけ、よろしいでしょうか?」
恐る恐る。
だけれど大胆に。
僕は冷や汗をかきながら、一つの提案をして──
§§
「うわあああん! レヴィ! さっきはありがとうなのー!」
自室に戻った彼女は、普段は決して口にしないことを言った。
そばに控えていたアトラさんが、ぎょっと目を丸くするようなことだ。
しかし、僕はそれに驚く元気すらない。
なにせ僕は、彼女を擁護するために、残機を6つも使用してしまったのだから。
『のこり62。マスターにしては、よくやったと思うよ?』
そいつはどーも。
ぐったりとしながら、自分の振る舞いを思い返す。
僕が行ったのは、典型的な責任回避の方策だった。
あの場で無実を証明することは不可能に近かったし、第一王女たちの内通を表ざたにしても、どうにもできない場の流れがあった。
なによりも、姫様が混血だという事実は動かしがたい。
だから、僕は責任の所在をうやむやにすることに努めたのである。
ハイドリヒ伯は、事態を静観しているという負い目がある。
ノーザンクロス伯は、人類抑止の前線を退いてあの場にいたという問題がある。
アーロン師はもともと姫様に同情的だし、王様の容体がここまで悪化するのを看過してきたという致命傷を持っている。
第一王女様、第二王女様は言うまでもないが、それは暗黙の了解だ。
だから代わりに、彼女たちが姫様の糾弾を取りやめる旨味を用意した。
それが提案。
彼女たちのどちらかが、アルヴァ王の代わりに国政を担ってはどうかという、提案だった。
無論、暫定的なものだ。
しかし、彼女たちはこれに飛びついた。
というより、はじめから誰かに、その発言をさせたかったのだろう。
ふたりの王女は、どちらが主導権を握るかで争いをはじめ──結果として、魔女裁判じみた〝お茶会〟は、お流れになったのである。
最善の策はアルヴァ王の容体を回復させることなのだけど、残念ながら、僕はこれに応えられない。
正確には、方法がないという答えしか出力されない。
『うん、だって万物全知のちからは、この世の問題への答えなんだもの。治す方法がなければ、無いという答えが出るだけだよ』
と、アテンは言う。
結局、王様の命を救えないという答えも含め、着地点を模索するのに6つの寿命が必要だったわけだが……仕方ない、必要経費だと割り切ろう。
だが、いま僕を苛む虚無感は、これまでの比ではなかった。
知識を得るために残機を使う。
それを六連続でやるなんて、初めてだったのだ。
まるで精神の重要な部分が欠損したかのように、心と身体が重い。
「本当にありがとうなの、レヴィ。疲れたと思うの、労いたいと思うの。だけど」
だけど?
だけどなんですか姫様?
見てのとおり、僕は疲労困憊です。
どうか、いまだけは休ませて──
「ひとつだけ、答えてほしいの、レヴィ」
「……明日では、ダメですか?」
「いま、私は知らなければならないの」
彼女の瞳に灯るのは、先ほどまでの弱気なそれではない。
決然たる赤が、そこでは燃えていたのだ。
僕は、ごくりと生唾を飲む。
姫様が、僕に問う。
「どうすれば」
僕のあるじ。
僕の造物主。
美しき、平和を愛せよと育てられた赤雪姫さまは、赤い涙をこぼしながら、こう尋ねたのだ。
「どうすれば──内乱を終わらせることができるの? 魔族は平和に、暮らせるの?」
僕は知らない。
まだ、知らない。
まさかその問いかけへの答えが──
彼女を歴史に名を残す邪悪へと変貌させるなど、知る由もなかったのだ。
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