第五幕 邪悪への覚醒 ~一線を超えるとき~
第一話 その演説、ナイドより
その日、この世界を変える出来事、3つ起こった。
王都にて激務に追われる姫様のもとへ、城下町より講演会の申し出があった。
戦時下の不安と感心が、魔族たちの知りたいという欲求を刺激したのだ。
姫様はこれを了解し、講演を行うことにした。
作られた集会場には、城下だけでなく各地から、3000の義憤に燃える青年たちと、2000の情勢に迷う民草がつどった。
ぎゅうぎゅうにひしめく臣民たちを前にして、姫様は堂々と立ち、演説を始めた。
「──私は、間違っていなかったの」
最初の一言は、
ほとんどのものが、怪訝そうに聞き耳を立てる。
続く言葉は、二回りも大きく、会場へと響き渡った。
「この争いは、たった簡単な、とても明瞭な行き違いで出来上がった悲劇なの! 馬鹿げた理不尽、いたたまれない悲劇! それは、これ以上の悲しみを産む前に、なんとしても終わらせなければならないの!」
左手で自分を示し、右手を水平に動かしながら、姫様は観客たちを指し示す。
「その大儀がどうあれ、頑迷に臣民たちを、愛すべきあなたたちを争いへと駆り立てたナーヤ・ムノ第一王女! そしてギーアニア・エス第二王女を──なにより彼女たちを無理やりに首謀者と仕立て上げた、ユンク侯爵、フロイド侯爵を、私は決して許さないの」
責任は、王族にではなく。
あくまで反旗を翻した貴族へと押し付ける。
「いま、この国は変革の時に立っているのです。襲い来る苦難、兵士と
だけれどもと、彼女は言う。
だけれどもと、拳を振り上げて謳う。
「それを阻んだのは、勇気ある諸君だったの! 諸君たちの、隣り合うものを愛する心が、家族を守りたいという一念が、この国を今日まで守ってみせたの! 国家とは、あなたたち臣民を守るための盾であるの! 諸君……勇敢にして愛深き、困難に立ち向かう誇らしき諸君……私たちは、意志によって勝利するの!」
彼女がその銀色の頭の横で、何度も手を振った。
観客たちはそのたびに、大きく波打った。
「諸君らが奮戦しなければ、愛する者を思わなければ、3倍の兵力の前に、この国は一瞬で飲みこまれていたはずなのです。だけれど、そうはならなかったの。それは、なぜなの!」
「戦ったからだ!」
「守ったからだ!」
「姫様を信じてます!」
「俺たちは家族を助ける!」
次々に重なる男たちの声。
血族を案じ愛する女たちの声。
おさまることない雄たけび。
姫様が、すっと右手を掲げた。
シーンと、その場が静まり返る。
「そう、これは諸君らの戦争なの! 諸君らが勝ち取った希望なの! 意志の勝利なの! その希望を蹂躙される──そんなことが、許されてもいいのです!?」
「
「
「
「
「そう、
熱気が最高潮に達する会場で、彼女は右手を振り上げ、カカトを大きく踏み鳴らして。
その、宣言を大声で言い放った。
「私は、ここに宣言するの! 我々は最良を求める。我々は必ず集い、必ず苦難を打ち倒す。私は──あなたたちとともに戦うの!」
歓声が上がった。
歓声が、無数に上がった。
吠えるように、称えるように、歓声は上がり続けた。
「この理念が、理想が、第二王女を動かしたの! 彼女は傀儡とされたことを深く恥じ入り、私たちに協力することを誓ったのです! ゆえにこれは、もはや負けることなき戦いなのです! 3倍の兵に勝てた我々が、同じ数の兵に負けることなどありうるはずがないのです! 諸君ら、私の愛する臣民ら! おおいに奮起するのです! ナイド王国は、白兎王の旗は──永遠に不滅なのです! ズィーム・ハイウル! ナイド万歳! なの!」
「
「
「姫様バンザイ! ナイドに栄光と勝利あれ!」
「「「「ズィーム! ズィーム・ハイウル・フィロ・ソフィア!」」」」
鳴りやまない拍手。
やむことのない大合唱。
かくして姫様の演説は上首尾に終わり、臣民たちの──そして兵士の士気は、否応もなく高まった。
それを後押しするように、吉報が加わった。
デーエルスイワさんの帰還だった。
「河賊との約定を取り付けました。今後一切、チフテレス大河における交易、その中間管理を任せてもらえるのなら、喜んでこちらの援軍になろうと」
彼女の言葉は、翌日には実現していた。
拮抗していた最前線が、一気に崩れたのである。
それは、約定を守った河賊──三十隻の帆船による東ナイドに対する強襲と、それを指揮するある魔族──
そう、死の侯爵ブギーマン=サムディ・ミュンヒハウゼンによる活躍に他ならなかった。
ここに、魔族にも大陸にもこれまで存在しなかった、船による水上戦略という概念が打ち立てられた。
僕が戯れに語った、ちょび髭の真似が、姫様によって昇華され国を動かす。
動いた国は風を掴み、船となって走り出す。
そして──
そして、三つ目の出来事。
それは、姫様の奮闘に業を煮やした第一王女、ナーヤ・ムノ・フォン・ナイド=ネイドが、招いた地獄。
彼女は予定通りに敢行したのだ。
予定よりもはるかに追い詰められ、それでも断行したのだ。
命知らずどころではない。
逃げ出すものは容赦なく、後ろから魔法で焼き殺し、彼女たちはまっすぐに、この王都へ向けて進軍を始めたのだった。
死者を踏みしめ、血で大河を舗装し、どこまでもまっすぐに。
それは、兵法によるところの敗軍の策。
血の粛清と圧制をもって行われる愚策中の愚策。
のちに顔を合わせたとき、第一王女はこう語った。
「負けるぐらいなら──華々しくすべてを道連れにして死ぬ」──と。
最悪の行軍、狂気じみた騎士道を前にして。
姫様はそれでも、戦わなければならなかった。
ナイドの秋が、終わろうとしていた──
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