第四話 長い一日の終わりに、いつも通りの

「疲れたの……もう疲れたのおおおおおお」


 ゴロゴロ。

 ゴロゴロ。


 プリンセスならぬキングサイズのベッドに倒れ伏し、全身で疲労感をアピールする姫様。

 脱力し転がりまわる姿は、どことなくネコを思わせた。


 あれから。

 アトラナートさんに首根っこを掴まれ、城まで連れて帰られた僕らを待っていたのは、地獄のような執務だった。

 いや、あれはもはや、雑用だった……


 まずは、王族と一部の魔族しか立ち入れない宝物庫の大掃除。

 姫様は王族で、しかも地位が低いため、こんな雑事にさえ駆り出される。


「……この宝珠、何個か部屋に持って帰ってもばれないの?」

「ばれます」

「レヴィ! 試しもしないで諦めるのは敗北だと思うの!」

「なんの勝ち負けですか!?」


 そのあとは、エルフが住まう森の領主にして、次代の王を選定する役割を持つ、ハイドリ宮中伯との会食。


「ひと昔前、エルフの森に深刻な被害をもたらした魔獣が、最近になって、また姿を見せたという話を聞いたの。実害はまったくなしと聞き及んだのです。そのへん、ハイドリヒ伯はどう考えて──」

『マスター、真面目な話っぽいね。ところで魔獣について知りたいのなら残機を──』


 危なく寿命を減らされそうになったが、なんとか会食は切り抜けた。

 だが、本日二度目のアーロン師による勉強会では、姫様が飛翔魔術に対して熱く語りだしてしまい、


「私はかねてより魔族が飛翔できないか研究してきたの! 古の時代、竜種は自在に空を飛んだと伝承に残っているのです。しかし、現状では、グリフォンが滑空するように飛ぶか、フェアリーのようにひどく身軽なものが、浮遊することしかできなくなってしまっているの。私は、巨大質量が空を飛ぶ時代の到来を──」


 ヒートアップした姫様から「大空を飛ぶためにどんな方法があるか、教えるのですレヴィ!」と知恵を求められ、結局僕は、残機をすり減らすことになった。

 いや、ロケットの仕組みとか、さすがに僕は知らない……


 とても一日とは思えない濃度の、そんな諸々があって。

 姫様が寝室に戻ってきたのは、もう晩鐘が鳴り響いたあとだった。

 されるがまま、アトラさんに寝巻きナイトドレスへと着替えさせてもらった姫様は、ベッドに倒れ込み、お疲れなのですアピールを始めた。

 あの、しかしですね、姫様?

 僕を抱きかかえたままごろごろするの、やめてくれませんかねぇ!?


「割れる! 割れます! ひっ、ミシッていった!? うっぷ、吐きそうだ……」

「レヴィ、何度も言ってるの。ホムンクルスに消化器官はないの、だから吐瀉することはあり得ないの」


 だとしても、気分の問題だぞ、これは。

 ちくしょう、なんて人使いが荒い姫様なんだ……


『マスターは人間じゃなくて、ホムンクルスだけどねー。でも、なんだかんだ言って、造物主のことを気に入ってるみたいじゃないか?』


 わりとな、子どもは好きなんだ。


『ロリコン?』


 違う、孫みたいなものだ。

 とくに、身体の弱い子どもには、思うところがある。


『身体が弱い?』


 そう、僕も小さいころ、身体が弱かったからなぁ……

 というか、アテンは気が付かないのか。

 僕は日がな一日、姫様に抱かれているからわかる。

 その心臓の音と、肺の音が。

 彼女は人間ではないから、見立て違いということもあるだろうけれど。

 それでも昼間、なんでもないところで転んだのは……


『身体が弱いからだと?』


 僕の、作家としての観察眼が曇っていなければ、だけれどな。

 誰も気にかけないのは、おかしいし。


『ふーん……』


 僕とアテンが、そんな脳内会話を繰り広げていると、姫様がぴたりと動くのをやめた。

 そうして僕を枕元に置くと、部屋の明かりを消す。

 彼女は暗闇を見上げながら、僕に命令した。

 毎日毎晩、いつもと変わらない様子で。


「レヴィ。今日も寝る前のお話が聞きたいの」


 フリッツ・ハーバー博士や、ヴラド公、自爆特攻、カミカゼ……まあ、それだけじゃなく、穏やかな話もたくさんしてきたわけだけど。

 どうやら姫様は、今日も刺激的なお話を御所望のようだった。


「因みに僕が断ったら……?」

「割るの。躊躇なく」


 そういう訳なので、やはり拒否権はないのである。


「えっと……では姫様、今日はどんなお話がいいですか? 悲劇? それとも喜劇を?」

「そうなのです……今日は気分がいいので。だからもっと楽しくなる、もっと胸が躍る、飛び切りの話を披露させてあげるの」


 ふむ。


「では『あなたは勝利を得ることは得意だが、その活用法を知らない』と暴言を吐かれた雷光の名を持つ軍師の話と、後世20万を相手に300名で立ち向かったと創作されるに至る、英雄の物語。どちらをお聞きになりたいですか?」

「断然、後者なの。私は、英雄譚が大好きなの!」


 ならば、作家の常として、面白おかしく語るとしよう。

 それは──


「それは、はるか昔のお話です。20万の軍勢に、たった300名で挑んだ英雄たちがいました。彼らの王の名は、レオニダス──」

「わくわく、なの」


 こうして、彼女の長い一日が終わる。


「おやすみなさい、なの」

「はい。よい夢を、姫様」


 彼女が目を閉じて、僕もまた、眠りという安寧の中に落ちていく。

 ずっと。

 ずっとこんな日が続くと、僕は思っていた。

 それが僕のセカンドライフ。

 余生の過ごし方なのだと。


 だけれど一年後──それが楽観的な願望に過ぎなかったことを、僕はことごとく思い知らされるのだった──

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