第三話 ホムンクルスちゃん、名前を貰う
おねしょの治しかたを教えなかったから殺されそうになっているホムンクルスこと、どうも僕だ。
なんだこれ、パワーワードすぎるだろ……
生前、結構いろいろなタイプの主人公を書いてきたが、こんなしょーもない理由で死にかけるやつはいなかった。
しかし、どれほど嘆こうとも、状況は変わらない。
ドン引きしている僕などお構いなしに、姫様は瓶を頭上高く持ち上げ、いまにも床へ叩きつけようとしているのだ。
こうなれば、僕に選択肢はなかった。
『おや。寿命を削るのは嫌だったんじゃ?』
アテンはそういうが、是非もない。
僕にとって一番大事なのは、死なないことだ。
小さいころから病弱で、何度も死にかけてきた僕だ。
そして、一度明確に死んだことのある僕だからこそ言えることだが──死ぬのは怖いということ。
冗談ではないのだ、二度とあんな体験はしたくない。
死なないためなら、僕はなんだって喜んでやろう。
まるで悪魔のようなアテンダントに頭を下げることぐらい、なんだというのか。
『オーケー、その潔い態度、ぼくは好感を覚えるよ。では、明確に質問してくれるかな、マスター? マスターは、なにについての答えを得たいんだい?』
僕は言う。
僕は、世界に問う。
──おねしょの治しかたを、教えてくださいと。
『確かに拝命した! ではご希望通り、取り次ぎをしてあげるね! 残機を消費──根源へとアクセス──さあ、閲覧するといい。これが……おねしょを防ぐ方法だ!』
アテンが大仰に言い放った瞬間、僕の頭の中に、扉が開くイメージが現れた。
頭蓋のなかを、清涼な風が吹き抜けるような心地よさが巡り──
それとほぼ同時に、僕の全身を、あの鈍い痛みが再び貫いた。
「────」
言葉を失う。
痛みと、精神的衝撃に。
僕は、本当に真理を得ていたのである。
……じつに限定的で、しょーもない真理を。
「さよならホムンクルス。お墓はブギーマンに言って、きちんと立ててあげるのです──」
「お待ちください姫様! おねしょを治す方法、お教えします!」
身の危険を感じ、慌てて僕は叫ぶ。
すると彼女は、いまにも叩きつけんと振りかぶっていたジャム瓶を、ゆっくり胸の高さまで戻してくれた。
そして、平然とこう、のたまう。
「うむ、なの。初めから私は、ホムンクルスを信じていたの。いまのはちょっとしたお茶目なの。さあ、早く教えるといいの。苦しゅうないの」
なんて見事な手の平返しだ……
こんなドリル、初めて見たぞ。
いや、逆に考えよう。またかんしゃくを起こされるよりはずっといいと。
死なないで済むのなら、子守りぐらいは許容範囲である。
僕は知ったばかりの知識を、そのまま姫様へと伝えた。
「寝る前は水分を控え、体を温かくすることでおねしょを防ぐことができます。どうしても治らない場合は、北の霊峰にそびえるヤニョトメルという薬草を煎じて飲むと、効果があるそうです」
深夜のテレフォンショッピングばりに胡散臭い内容だが、しかしこれは、紛れもないこの世界の真理である。
事実、彼女は僕の言葉を聞くと、こくこくと頷いてみせた。
「なるほどなの。ホムンクルスはやっぱり全知だったの。禁術に手を出してまで作った甲斐があったのです」
「いましれっと、不穏なワードが出ませんでしたか?」
「どうでもいいの! そんなことより、これで父上に褒められるの、姉上達も、きっと私を認めてくれるの。
「名前、ですか」
正直、そんなものより身の安全が欲しい。
あと、寿命の補填。
『いいじゃん、もらっときなよ。この世界では名前は便利だよ? 寿命だって、あと98あるし、ヘーキヘーキ』
アテンダントが、気軽にそんなことを言う。
ようするに、あと98回、無理難題に答えたら僕は死ぬというわけである。
もっとも、予想していた残機よりは、ずいぶんと多い。
僕は生前、物書きだった。
その自前の知識を最大限活用し、アテンダントに頼ることを最小限にする。
そうすれば、案外長生きできるのかもしれない。
……長生きするのなら、確かに名前は必要だ。
「では……ありがたく頂戴したいと思います」
僕がかしこまってそう言えば、姫様は無表情なまま、こくりと頷き。
こんな名前を、僕に授けてくれた。
「レヴィ。おまえの名前は、今日からレヴィなの。意味は〝約束〟。まったく贅沢な名前なの。返事をするの、レヴィ!」
「はっ、ありがたき幸せ!」
かくして、僕は異世界に転生し、無事に名前を得ることができた。
僕の名は、レヴィ。
万物全知の──残機制限付きホムンクルスである。
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