第二話 ホムンクルスちゃん(仮)の受難

 吾輩は人工生命ホムンクルスである。名前はまだない。


 造物主、ソフィア王女の魔力と血となんやかんやを受けて、疑似的な生命を得た僕は、とんでもない力を宿していた。

 万物全知。

 簡単にいえば、それはこの世のあらゆることに、解答を用意できるというトンデモスキルである。

 だけれど、そのスキルを使うには条件があったのだ。


『はじめましてマスター! 異世界転生ハローワールドを楽しんでいるところ申し訳ないんだけど、こっから先は有料なんだ』


 脳内で唐突に響く、中性的な声。

 直感的に悪魔という存在を、僕は思い浮かべた。

 そんなに世のなか甘くないということだろう、何者かもわからないその声は、僕へとこう告げる。


『お姫様が言ったとおりだ。ホムンクルスは万物全知。頭のなかに、世界の根源に繋がる扉を持っている。でも、タダじゃ根源には繋がれない。対価がいるんだよ。知識と引き換えになる対価……マスターはなんだと思う?』


 彼(あるいは彼女?)は、子どもを諭すように話しかけてくる。

 この声の主が、何者かはわからない。

 でも、こういったときの答えは決まっている。

 つまり──〝魂〟だ。


そのとおりエクセレント! マスターがアンサーを得るための、唯一の対価。それは寿命を──残機を1つ減らすことなんだ!』


 残機ね。

 まるでゲームの話である。

 そもそも、そんなことを知っている君は誰なのか?


『ああ、これは失礼! 僕は根源とマスターの取次役。そして運命の道案内アテンダント! どうか気軽に、アテンと呼んでくれたらうれしいな!』


 彼──アテンは、とても楽しげにそう言った。

 確かに、僕の知る異世界転生ものでは、状況を説明する現地サポータがいる場合が多かった。

 魔剣とか、エルフの嫁とか、魔導書とか、そんなのだ。

 僕はこれでも、生前はそこそこ名の売れた作家だったので、門外漢とはいえ流行トレンドぐらいは把握している。

 その知識にもとづけば、なるほどアテンは導き手だ。

 問題は、どこに案内されるかということだけれど……


『その答えが知りたいかい? この世の真理を知悉ちしつしたいかい? だったら選択肢は1つ、残機を削るんだ!』


 アテンは平然と、そんなことを言ってのける。

 しかし、これはまさしく悪魔の取引だ。

 僕はとにかく死にたくない。あんなのは二度とごめんなのだ。

 なにより現代人は強欲で、検索エンジンでわかりそうな知識と魂ではレートがつりあわない。

 冗談ではないと、僕は拒絶する。


『あれれー、それは困ったなぁ。ホムンクルスが全知であるためには、残機を削り続けなくちゃならない。古今東西あらゆる世界のホムンクルスが短命なのは、そのためなんだ。それに──』


 わざとらしく困ってみせるアテンは。

 滑らかに僕の意識を、瓶の外へと向けさせた。


『そこで、辛抱強くマスターの返答を待っている造物主のお姫様が、いつまでも沈黙を保っているなんて限らないよ?』


 アテンがそう言った瞬間だった。

 地震が僕を襲った。

 違う──瓶が激しくシャイクされたのだ!


「むー! なの! こらホムンクルス、主をほったらかして黙り込むなんていい度胸なの! ちょっとこっちを向くの、はやく私の質問に答えるのです!」

「ちょ、おうぇ!?」


 駄々っ子の激しい攪拌によって、僕の入った瓶は、右へ左へ、上へ下への大騒ぎ!

 このままではバターになってしまうというぐらいに、振り回される。

 というか、吐く! 胃の中身をリバースしてしまう……!


「ホムンクルスに胃袋とかないの。それと、りばーす? 相手に伝わらない言葉は使うものではないの。まったく、思ったよりこの子は頭が残念なの」


 残念とか言うな。

 僕だってな、いたいけな幼女がおねしょに悩んでいるのであれば、相談に乗ってあげたい。

 前世では齢80を超えていた僕である。

 夜尿症とか、覚えはある。

 覚えはあるが、無理な相談なのである。

 どう考えてもおねしょを止める方法など、寿命を対価にしてまで得るべき情報ではないのだ……!


「諦めてください姫様。僕は無知なんですから」

「……このホムンクルス、嘘つきなの。ホムンクルスがなんでも知ってることぐらい、子どもでも知ってるの。まったく、嘘つきは人間の始まりという言葉を知らないの?」


 は? 知りませんが?


「知識の出し惜しみは罪なので。いまそう決めたので。よって罰を与えるの」


 まって、ちょっと待て。


「なぜ瓶を持ち上げるのですか?」

「簡単なの。ホムンクルスは瓶の中でしか生きられないの」

「それは、知ってますが……」


 前世でもそういう扱いだった。

 だから、いまもこうして、イチゴジャムの瓶のなかに甘んじているわけで。


「よって、それを割るの」

「鬼かおまえは!?」


 思わず叫んで、僕は気が付いた。

 あ、この姫様、魔族だったわ……

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