第二話 姉上、ふたり

 ナイド王国の内乱は、多くのものの予想通り加速した。


 火を見るよりも明らかな悪化であった。

 アルヴァ王が倒れたという事実は、伏せられていたにもかかわらず、吹き抜ける風のごとく速やかに知れ渡った。

 災厄の種火が、風によって勢いを増すように。


 そうして、虎視眈々と機会を窺っていた諸侯たちが、我先にと御旗を掲げたのだ。


 王の病を知るものは、極めて少数だった。

 王の選定に携わる大領主、エルフのハイドリヒ宮中伯。

 休戦協定によって、不可侵地帯と化した最前線を守り続ける、デユラハンのノーザンクロス辺境伯。

 そして、大陸最高峰の魔術師であり御典医ごてんいでもあるケンタウロスのアーロン師。

 あとは、デーエルスイワさんと、その配下のメイドが数名。


 そして、王の血族である──三名の王女だけだった。


「あらあらー? これは奇妙なお茶会ですかもかも?」


 全身を驚くほどきらびやかな──あるいはと表現すべきか──紫のドレスで着飾った女性。

 その、はちきれんばかりの肉体を持つ女性が、妖艶な笑みとともに、不思議そうに首をかしげる。


「多忙なはずのわたくしと、多忙なはずのみなさんが、このように招聘しょうへいされますなんてー。いったい誰が主賓のお茶会なのか……どなたか、教えてくださいますー?」


 ギーアニア・エス・フォン・ナイド=ネイド。

 巨大な翼をもつ、ナイド王国第二王女である。

 彼女はその、毒のような口元を扇で隠しながら、全員を見回す。


「内乱鎮圧のため、ひいてはお父さまが倒れて後継者問題で頭が痛いはずのハイドリヒ宮中伯にー。人類戦線で奮闘されているはずのノーザンクロス辺境伯。同郷の河賊対策で忙しいデーエルスイワ。お医者様であるアーロン先生は別にしてもぉ……わたくしー、残りのメンツが気に入りませんかもかも?」

「それは、私のことか、ギーアニア?」


 放たれた言葉は、ひどく息の荒い代物だった。

 深紅の甲冑を身にまとう──そしてそれは、ギーアニアさまとは別の意味ではちきれんばかりになっている──豚のような騎士。

 あたまに巨大な双角を有する、横柄なる第一王女。

 ナーヤ・ムノ・フォン・ナイド=ネイド。

 彼女は自らの声に威厳があり、それにすべてのものが畏怖していると信じて疑わない様子で、言葉を重ねる。


「父上が倒れた以上、次にこの国を治めるのは私だ。ならば私が、この場にいないわけがない」

「あらいやだ! ひょっとしてナーヤお姉さまが、主賓でしたかもー?」

「そのとおりだ」

「おほほー、でしたらー」


 ギーアニアさまの視線が、ゆっくりと細められ、こちらを向く。


「なおさら、客人の顔ぶれが気に入りませんわぁ。だってほら、、呼ぶ必要なんてないかもでしょう……?」


 彼女の視線の先にいた魔族。

 それは、姫様だった。

 姫様は、戸惑いながらも弁明を口にする。


「お──お言葉ですけど、なの。姉上、私は、ソフィアは──」

「あらー? 誰が口をきいていいなんて許可したのかしらぁ? どなたかお知りになってますー?」

「──っ」


 一蹴され、下唇をかむ姫様。

 第三王女フィロ・ソフィア・フォン・ナイド=ネイド。

 これに加えて僕が、この場に居合わせた全員だった。

 そしてここにいるものだけが、アルヴァ王が危篤であることを知っていた。

 つまり──


「じつに簡単なことだ」


 ナーヤさまが、口元をいびつに歪めながら、言い放った。


「この中のだれかが、内乱を起こしている貴族どもと内通しているという話だよ」


 沈黙を守る、貴族や家臣たちの前で。

 ナーヤ第一王女と。

 ギーアニア第二王女は。

 まるで悪徳を楽しむかのように、笑みを浮かべていた。

 あまりに周知の事実を、弄びながら。


 第一王女は、東のユンク侯爵と。

 第二王女は、西のブロイド侯爵と。


 それぞれ内通し──この国の主権を巡って水面下で争っているというのは、その場にいる全員が知悉している事柄だったのである。

 魔族は嘘をつけない。だから、わざと事実から目をそらす。

 そうだ、これは茶番に過ぎなかった。

 大いなる悪ふざけでしかなった。

 だというのに。


『……まったく、先手を打たれたね、マスター』


 アテンダントの苦々しい声を聞きながら、僕は姫様を見上げる。

 その幼い姫君は、無表情のまま沈黙を続けていた。

 その小さな手で、ドレスの裾をきつく握りしめて。

 第二王女さまが、いう。


「はっきりいって、わたくしとお姉さまはお互いが潔白だと知っておりますしー、証明できますしー、清廉潔白? みたいな? 忠義の家臣たちが裏切るはずもないですしー……つまり、この内乱を諭しているのは──あなたですわよね、フィロ・ソフィア?」


 そう言ってから、ギーアニアさまは、意地悪くわらい。


「いいえ?」


 こう、訂正したのだった。


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