第四話 剣聖暗殺計画

「剣聖アルザス・カシュナーの身辺調査を徹底的に行うの」

「御意に!」


 姫様の命令を受けて、デーエルスイワさんとブギーマンさんが動き出す。

 ブギーマンさんはともかく、デーエルスイワさんも、最近では諜報活動に従事している。昔取った杵柄らしい。


「レヴィ、そんな顔をしないの」

「わかってます」

「レヴィ、お願いがあるの」

「それも、わかってます」


 いかに優秀な魔族とはいえ、剣聖と呼ばれる人類の要人。その秘密を調べることは困難だろう。

 それが真に可能なのは、万物全知の僕だけだ。


『残機は47だ。慎重にね、マスター』


 珍しく気を使ってくれるアテンダントにわずかに違和感を覚えながらも、僕は万物全知の力を行使する。


「アルザス・カシュナーについて知りたい」


 急激な脱力感と、全身を貫く痛み。

 そこまではいつも通りで。

 そこからは、いつもと違った。

 思えば……問いかけが漠然とし過ぎていたのだろう。


「レヴィ? レヴィ!」


 姫様の声は、はるかに遠く、僕の意識は、暗転する。

 そして僕は──剣聖という男の過去を、追体験することになった。


§§


 その、アルザス・カシュナーという名を得る前の彼は。

 産まれ落ちた瞬間、こう悟っていた。


「 ああ、自分は、生まれる世界を間違えたのだな 」──と。


 小さな農家の馬小屋で産まれた彼は、両親に捨てられ、孤児院で育てられた。

 満足な食事もなく、ただロジニア皇帝の偉大さと、神の威光、そして魔族は悪であるという徹底した教育のもとに、彼は育てられた。

 名前は与えられず、ただ8番と呼ばれていた。

 彼が7歳のころ。

 その孤児院に、ひとりの女性が現れた。

 ロジニア神聖帝国軍第2騎兵隊隊長アルザス・ギ・シャーロット。

 若くして大騎士勲章を三度授与された、俊英なる騎士だった。

 亜麻色の長髪に、鳶色とびいろの瞳を持つ彼女は、名のない彼を引き取った。

 それはひとえに、彼の剣士として、また魔術師としての非凡な才能を見て取ったからに他ならなかった。


「私の8番。まっすぐな8番。おまえに私が、名前をやろう」


 彼女のもとで、彼は幸福を得た。

 カシュナーという名を得て、戦いに身を置くものとして、最大限の教育を受けることができた。

 彼は稀代の肉体を持っていた。

 あらゆる刃金は肉を通さず、熱も、寒さも、餓えさえも、彼を止めることはできなかった。

 彼が訓練で成果を上げるたび、シャーロットは歓声を上げた。


 彼をその豊かな胸で抱きしめ、とてもうれしそうに笑顔で祝福を口にした。

 彼は、カシュナーは、いまだ自分が生まれ落ちる世界を間違えたと思っていた。

 彼にとっては魔族も、人類も、理解の及ばない得体のしれないなにかであるからだ。

 彼が手をひねれば、鎧は砕け、刃もちぎれる。

 魔族など相手にならず、この世は紙か砂の城のようですらあった。

 しかし、シャーロットだけが。

 彼女だけは、カシュナーに壊せないものだった。

 壊したくないと、願うものだった。


 18歳のとき、彼は魔族との戦いで、大武勲を上げる。

 当時の魔族の将。そのうち、唯一防衛戦を行えるとされたスプライト・ローエンシルフ伯爵を、攻城戦において、城ごと両断したのである。

 彼はこの武功と、シャーロットの強い嘆願もあって、剣聖の二つ名を持つに至る。

 彼は初めて喜んだ。

 きっと、彼女が喜ぶと思って。


 だが、彼が直面したのは、あまりにも無慈悲な結末だった。

 アルザス・ギ・シャーロットは最前線で戦死。

 その遺体すら、戻ってこなかった。

 彼は。

 カシュナーは。


 ……その後行われた、ウィローヒルの戦い。

 小高い丘を陣取った魔族軍に対する討伐戦闘において、彼は2万の魔族を殺戮する。

 その勢いのまま、暴走する想いのままに、魔族の盟主の城まで攻め上がりもした。

 彼を突き動かすのは、純然たる復讐の狂気だった。

 アルザスの姓を継ぎ、だが貴族とはならず、あくまで一個の兵器となって。

 彼は今日まで、戦い続けたのだった。


 自らに愛を注いでくれた、たったひとりの女性のために。

 生まれた場所を間違えた自分を、唯一受け入れてくれた人のために。


§§


「レヴィ、しっかりするの」

「……姫様、僕は」

「わずかな時間だけど、意識を失っていたの。それで、なにを得たの?」


 まるでなにもかもお見通しのような彼女に、僕はいま知ったことのすべてを教える。

 彼女はひとつ頷くと、こういった。


「それは使えるの。デーエルスイワを、すぐに呼び戻すの」


 平坦な、普段となにも変わらない声音で。

 魔王は、言った。


「ちからで敵わないなら、暗殺してしまえばいいのです」

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