第五話 第二次ウィローヒルの戦い
魔族軍は、対剣聖特化師団を新編。
その一翼を担う、死の侯爵ブギーマン率いるアンデット部隊は、一定の戦果を発揮する。
「アンデッドは人間以下のちからしか持たないの。でも、剣聖にはなにをぶつけても同じなの。だとしたら、人的資源として、量的に優れるアンデットは適任なの」
実際、遅滞戦闘は成功する。
エイダ卿も参加したアンデット部隊は、ぎりぎりまで剣聖を引き付け、誘導して見せたのだ。
姫様が、骸骨の駒を取り除き、その位置に剣が描かれた駒を置く。
剣の駒は、半円形に包囲されていた。
「対剣聖特化師団本隊は、ウィローヒルの丘に陣地を構築したの。ここで、アンデットが誘導した剣聖を迎え撃つの」
ウィローヒルの背後には人類から接収した都市ヴィダーファエニゴンがあり、そこはすでに、魔族の都市として機能していた。
人間の捕虜、その収容拠点のひとつでもあるヴィダーファエニゴンを、やすやすと明け渡すわけにはいかないため、特化師団は決死の構えを見せていた。
師団の指揮を執っているのは、機動戦闘の俊英タージマハ爵。
「剣聖の剣は、こう──」
姫様が、手を横に薙ぎ払う。
すると剣の駒を囲んでいた駒たちが、一気に盤面から払い落とされる。
「広範囲を殲滅するのに最適なの。しかも、これを連発できるときているの。ならば、防御を固めるのは愚策。必要なのは、機動戦闘なの」
盤面に、姫様が魔術で作った炎を灯す。
一つではない、無数にだ。
その炎が、散発的に剣聖に攻撃し、離脱を繰り返す。
姫様は、タージマハ爵に、ケンタウロスと、ユニコーンに騎乗した女性魔術師の部隊を与えた。
ウィローヒルの丘の上に本丸を構えたタージマハ爵は、隊列を3つにわけ、剣聖へと波状的攻撃を仕掛ける。
これによって、彼という最大戦力を縫い留めるのが、こちらの企図であった。
「たいする人類軍の動きはたやすく読めるの。最低限の随伴兵で、剣聖を援護するつもりなの」
剣聖の背後に、道と物資の運搬兵を配置する姫様。
はたして、現実はそのようになった。
ただし、剣聖の背後──かなりの距離を隔てて、7万の人類軍が陣取っていることは、予想されていない事態だった。
「なぅー……なんで手を出してこないんだと思う、魔王さんよー?」
ハイドリヒ伯が楽しげにそう尋ねれば、姫様は困ったものだと言った様子で首を振って見せた。
「人類側の兵糧が尽きたというだけの話なの」
「論拠はなにかあんのか? 憶測でモノを言っちゃだめだぜ」
「剣聖を単騎で戦線に投入する状況、それ自体が論拠なの。人類の兵隊を、私たちは半数も狩り取っていないの。まだ数十の村を焼き、数個の国を滅ぼしたに過ぎないのです。そんな数的優位の立場で、わざわざ剣聖なんていう英雄を使用するのは、もはや大軍を維持できないからなの」
イグザクトリーと、場所が違えば僕は褒めていたかもしれない。
そう、麦角病に始まった大飢饉は、ついに人類の継続戦闘能力を奪うまでに悪化していたのだ。
本来ならとっくに、彼らは魔属領を侵し、大量の食料と労働力を得ることができていたはずだ。
だが、現実では戦線は泥沼と化し、いたずらに戦力と兵站は消耗されるばかり。
戦術を持たないはずの魔族は、統率された動きでもって人類を打ち倒し、快進撃を続ける。
すべて、姫様というイレギュラーがなしえた結果だ。
人類は、もはや大軍を維持できない。
だからこそと、姫様は考える。
「このままなら、講和も望めるの」
それは、彼女の理念だった。
平和を願う真の意図だった。
魔族の側に攻め入ることを、人間が危険だとリスクだと考えるようになれば、わずかふたつの条件によって、その立場は対等に至る。
優位と抑止力。
この二つを魔族が手にしたとき、人類は話し合いの席につかざるを得なくなるのだ。
姫様には、そのための切り札があった。
「だから、なんとしてもこの剣聖を──人類の最大戦力を除く必要があるの」
そのための、ウィローヒルの戦いだ。
そしてまさに、戦況は彼女の睨んだとおりになろうとしていた。
剣聖の斬撃が、ウィローヒルの頂上部分を消し飛ばす。
それは、本丸の消滅──つまり指令を出す頭がいなくなったことを意味していた。
「タージマハ爵死亡!」
その一報が流れるなり、とたんに総崩れになる魔族軍。
魔族、人間共通して、彼らは隊列を組んで闘う。
それは、通信という概念が存在せず、自らの脚でしか指令を伝達できないからだ。
そして指揮をうしなえば、まともな戦闘など不可能になる。
とくに機動戦闘など、まったくの無茶だ。
まるで雑草を刈り取るがごとく、剣聖は敗走する魔族を殺していく。
「……ここが潮時なの。いい塩梅なの。デーエルスイワの準備はできているの、レヴィ?」
「もちろんです」
「ならば撤退なの」
数多の同胞の血が流れるのを目にしながら、姫様は表情を変えることなく、自軍に撤退の指示を出す。
彼女はいま、逃げ惑う魔族すべてを見捨てた。
姫様の部隊が逃げ出すのを見て、敗残兵達はさらに恐慌をきたす。
そんな彼らが逃げ込んだ場所。
それは──魔属領となり果てた、元人間の街ヴィダーファエニゴンだった。
剣聖は、魔族の後を追い、ヴィダーファエニゴンへと突入する。
町の中に巣くう魔族を、根絶やしにして進み。
そして彼は。
「──馬鹿な」
そこで、ひとりの人間の奴隷と出逢った。
亜麻色の長髪に、鳶色の瞳を持つ女性。
その人間は、
「はち、ばん……?」
彼のことを、そう呼んだ。
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