第三話 この世の真理は

「滅ぼすべきは、人ではないの。ロジニアという国のかたちなの」


 姫様は小さくつぶやくと、右手を掲げた。

 それを合図にして、要塞内部に詰めていた魔術師たちが、次々に術式を起動する。

 リヒハジャの壁、その内側に設置された巨大弩弓。

 つがえられた矢は無数の宝珠で装飾され、そこに、膨大な魔力が注ぎ込まれていく。


お爺さまロジニア皇帝がなにを考えているのかはわからないの。でも、いまならば、ロジニアを滅ぼすことができるの。ロジニア・ド・ヴィエトロ・ドノガを、止めることができるの。そうすれば、まだ講和の道があるのです。だから──」


 姫様は、その手を、振り下ろす。


「私は、最悪の邪悪にだって、なって見せるの」


 矢尻が、爆発的に発光し。


 そして──最悪の兵器は蒼穹へと放たれた。


 姫様が今日まで研究し続けてきた、飛行術式──

 噴進式飛翔魔術ロケットが、まっすぐに飛んでいく。

 ロジニアへと、向けて。


『マスター』


 アテンが、数日ぶりに僕を呼んだ。


『もう隠し立てする必要がないし、本来ならもっと最初にマスターは知ることもできた。だから、ここでぼくの正体を打ち明けるね』


 君の正体は悪魔だろう。

 ひとをそののかす、メフィストフェレスだ。


『少し違う。ぼくは、いうならば神の使いだ』


 いうに事欠いて、天使というのは、まったくたちが悪い冗談だよ、アテン。


『信じてくれなくてもいい。マスターの残機は残り2つだ。ここで使われても困るからね。ぼく、そしてロジニア皇帝のそばにいるリャンミルは同じものだ。ぼくがいう根源、魔族がいう〝まばゆきもの〟、そしてロジニア皇帝がいう〝神〟。僕らが仕えているのは、そんな存在だよ』


 〝神〟。

 よりにもよって神か。

 チープ極まる。

 僕が物語の執筆者なら、絶対にこの場面では使わないだろう。


 だが──ここは現実で異世界だ。

 なんために、僕はこの世界に転生したのだろうか。その問いの答えが、おそらくそこにあるのだ。


『そのとおりだよ、マスター。この世界はね、前世でやり残した者たちを招いている』


 やり残した……


『悔いがある人間、と考えてくれてもいいよ。そして、そんな人間たちに思うさま埒を明けてもらって、停滞に沈んだ人と魔族の関係を動かそうというのが、〝神〟の考えだ』


 ……だとするならば。

 もしかして、歴史上はじめに現れた剣聖。

 そして、竜種とは。


『ご明察だよ。彼らも元は、人間だったのさ。そして、劇的に世界を変えた。次は、君たちの番なんだ』


 君達……?

 おいおいおい、その言い方じゃ、まるでロジニア皇帝までもが、転生者みたいに聞こえるじゃないか。

 そんなこと、あるわけが。


『どうして? マスターみたいにホムンクルスになるものもいるんだ。人間の王になるものだっているさ。彼の役割はね、人類をまとめ上げること。それはうまくいってね、歴史上類を見ない巨大な帝国が誕生した。だから


 僕は言葉を失う。

 リヒハジャの上空を、高速でミサイルは飛翔していく。

 戦場にいた者たちの多くが、空を見上げていた。

 姫様の前には大きな水鏡があって、そこには大陸の地図と、矢の現在地が光点で示されていた。


『マスターの役目はおいおいわかる。だから、その前にロジニア皇帝と、マスターに、話す機会をあげようと思ったんだ』


 なんだって?

 僕を唆す悪魔が言うことには、アテンとリャンミルの身体を使うことで、通信を行うことができるらしい。

 ただ、それは僕らだけのホットラインだ。

 僕と、ロジニア皇帝だけの。


『どうする? 繋いでみるかい? 彼の言葉を、聞きたくないかな?』

「…………」


 僕は。

 気が付けば、お願いしていた。

 だって彼は、間違いなくこの世界の歴史上、一番重要な人物なのだから。

 その最後の言葉を、歴史作家が聴きたくないなんてことは、ありえないのだから。


『それじゃあ、繋ぐよ──ハロー、リャンミル』

『ハロー、アテンダント』


 そして。


 僕と彼は、そこで初めて、言葉を交わした。


『誰かと思えば、あのときのホムンクルスか。まさかヌシが余と同じ世界の人間であったとはな』


 ロジニア・ド・ヴィエトロ・ドノガ人類皇帝。

 そして、僕と同じ転生者。

 彼に、僕はたまらず問いかけていた。


「神聖皇帝、あなたは──」


 あなたはひょっとして──!?

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