第四話 禁忌の毒炎光
『ハ──』
彼は。
ロジニア皇帝は。
僕と同じ転生者は。
『ハハハハハハハハハハハ! それは痛快な勘違いじゃ!』
ありえないと、大笑いした。
『ハハハ……よもや、ここまで愉快な話が聞けるとは思わなんだぞ。よい、よいぞホムンクルス。名を名乗ることを許す』
「僕はレヴィ。あなたの孫娘の、ホムンクルスです」
『で、あるか。フハハハハ! なおさらに愉快じゃ。余の血潮の末に、貴様のようなものが生まれるとはな。是非もなしよ!』
「あなたは、やはり」
『違う』
彼は、ことさらに否定する。
だけれどそれは、穏やかな否定だった。
『余は、かつてあこがれたものじゃ。信長公に、太閤に、あのタヌキにな。そして、そのどれにもなれなんだ。余はな、一介の足軽じゃったのよ』
「…………」
『この世界に産まれ落ちたときな、余は思った。前世では偉くなることもできなかった。ならばこの世界ではどこまでも偉くなってやろうと。そして、好き勝手にやろうと。結果がこれよ』
どこか寂しさのにじむ口調で、皇帝にまで上り詰めた男は笑う。
『余にはな、至極残念なことに、才能と呼べるものが全くなかった。古の武士たちに習い兵を整えても、見よ、孫娘にいいように弄ばれる始末だ。今頃、総軍が包囲でもされているのであろう?』
「……はい」
『はは、じゃが、それも余の血がなしたものと思えば心安い。治世はもっと下手じゃった。国を大きくすることはできても、民たちは飢え、敵意を燃やし、一揆を恐れた余は、それを弾圧するしかなかった』
空を見上げる。
まっすぐな尾を引いて、どこまでも魔術の矢は、魔族の最終兵器は飛んでいく。
その速度はすさまじく、あとわずかな時間で、ロジニアへ到達するだろう。
事実、水鏡の上の地図。
そこにともる光点は、間もなくロジニアへと届く。
皇帝が、言った。
『余は、優れた為政者ではなかった。欲望に従うだけの、どこまでも凡愚であった』
「欲望……?」
『楽に生きたいという欲望じゃ。死ぬまで楽しく生きたいという、そんな願いじゃ。そして、それは叶った。しかし……あのかたは、なんといっておられたか……人生50年……余は、思ったより長生きをし過ぎたのかもしれぬなぁ──』
彼が、独白した刹那。
姫様が、ゆらりと立ち上がった。
「永久に眠る原初の悪よ、その名は死である。フィロ・ソフィア・フォン・ナイド=ネイドの名のもとに、永久に醒めぬ狂気と、終わることなき毒の雨を、カナンの地にて、私は解き放つ──」
それは詠唱だった。
極大の、戦略魔術を超える、対国魔術の詠唱。
その詠唱が聞こえたのだろうか。
聞こえたとするならば、それはアテンの気まぐれだったに違いない。
皇帝が、冷笑した。
『無駄なことよ。ロジニア本国への奇襲こそ、この戦を治める本分とでも孫娘は思っておるのじゃろうが、ここを守る結界魔術は、余の肉体を守るものと同じ! 魔族とて打ち破れぬ! いかなる炎も! いかなる破壊も! 余の生涯をかけて築き上げた国を害することなど──』
「これは、世界を滅ぼす呪いなの」
姫様は、その両の眼から血の涙を滴らせる。
そうして、最後の詠唱を紡ぎあげた。
「私は、死神なり。私は世界の──破壊者なり!
そして、それは弾けた。
大陸の端から端という、とんでもない距離を隔てながら。
それでも明らかにわかるほどの、極光がはじけた。
光。
どこまでも暴力的な、影まで焼き尽くす光が。
炎が。
ロジニアという国のすべてを覆いつくし、次の瞬間──破裂する。
僕は、子どものころにそれを見たことがある。
形成されるのは、巨大なキノコ雲。
燃えあがる空。
それでもロジニアは無事だったのだろう。結界がすべてを防いだのだろう。
『フハハハハハハ! 余は、やはり死ねぬか! ならば世界を手にし──がぁああっ!?』
そうして、そこにいた万物が死に絶える。
降り注ぐのは、光の雨。
汚れ切った、毒の豪雨。
姫様は理解していた、結界は力業では壊せないと。
だけれど、空気や水ならば、それが生存に必要なため、素通りするのだと。
あの密談の場で、ロジニア皇帝に睡眠ガスの魔術を送り込み続けることで、確信したのだ。
なによりも。
姫様はずっと飛翔術式を研究してきた。
火山性ガスの有用性を、毒の強さを、これまでの戦いで知った。
そして僕の。
──第二次世界大戦の、終幕を飾った新型爆弾の逸話を聞いたことで、その着想を得た。
プロメヨタ・ベインヘン。
それは、生物に致命的な損傷を与える猛毒。
それが、ほんのわずかな時間で、大陸最大の国家を滅ぼしつくした。
その場に居合わせた人類、その他すべての生命が、血反吐をぶちまけながら、死に絶えたのだ。
絶滅の一矢が、炸裂したのである。
戦場が混乱する。
勝ち鬨を告げるラッパが、魔族のラッパが鳴り響いているからだ。
状況を知る由もない人類軍が、パニックに陥り敗走しようと逃げ惑う。
だけれど包囲網は万全だ、蟻の逃げ場もない。
うなだれた姫様が、左手を挙げた。
それを合図にして、包囲網の一部──ロジニアへと続く経路が崩れる。
そこへ、人類は殺到する。
彼らは逃げ出した。
武器を捨て、戦う意思をくじかれて。
掃討戦。
わざと逃げ道を作る事で戦意を失わせ、一方的に虐殺する。
もはや人類に、魔族を打ち倒すことは不可能だった。
彼らが帰り着いた場所は、地獄でしかないのだから。
「私は、邪悪でいいの……これで、世界は──」
姫様の口元は、半月のように吊り上がり、笑みを形成する。
だけれどその両目からは、止まることなく、赤い涙がいつまでも、いつまでも滴り落ちているのだった。
「なうー……王女様は、とうとう嘘をおつきになったか……」
いつの間にか帰還を果たしていたハイドリヒ伯が、そう呟くのを、僕は確かに聞いた。
この日。
冬を目前にしたこの日。
ついに大陸全土を巻き込んだ世界大戦は、終幕を迎えたのだった。
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