第二話 魔を断つ剣聖
「なぅー……あれは、例外的に世界に愛された存在さね。あるいは、魔族というわたしたちの種族に対する、カウンターそのものだと思うんだよなぁー」
ハイドリヒ伯は、小さなため息とともに語りだす。
人類と魔族は、いにしえの昔より争い続けてきた。
時にお互いが疲弊し、休戦することはあっても、その争いが真にやむことはなかった。平和な時代など、過去に一度も訪れなかったのだ。
「あるとき、魔族に竜種と呼ばれる強大な種族が生まれ落ちたんだ。翼を広げれば空が裂け、角は地を割り、尻尾は海を断つ──王家の始祖たる真の竜──もっとも、そりゃあ伝説のなかだけだがな。で、その始祖竜は、空を焼く炎の毒によって、あっという間に人類の半分を滅ぼした。問題だったのは、人類にもまた、似たような存在が生まれ落ちたってことだ。それが──」
剣聖。
始祖竜と同じく、天を裂き、地を割り、海を断つ強力な肉体と技を持つ人間、それが剣聖であった。
『それについては、ぼくも少しだけ教えてあげられるよ。彼はこの世界の尺度では測れない存在だ。この世界ではありえない存在なんだ。そして、それ故に、必然的に、相対することになったんだよ』
アテンダントによれば、彼らは互いに殺し合い、結果として当時の人口は10分の1にまでなったという。
竜種はその後、王家の礎となるいくつかの血筋を残し消滅したが。
剣聖はなんども、時代の節目に現れたという。
「剣聖は、同一人物なんですか?」
「もちろん別人だ。人格も、見た目も、魂も違う。ただ、その力だけは同じだったのさ」
僕の問いかけに、ハイドリヒ伯が答えた。
最後に剣聖と魔族が交戦したのは、20年前だと、彼は言う。
「ウィローヒルの戦い。こちらは御伽噺に聞いたものも、多いんじゃないか?」
宮中伯の言葉に、その場に居合わせた者たちは、みな違った反応を示した。
かつてナーヤ第一王女に味方したゴブリンの老爺、ネヘハンジャ卿は怒りに震え。
ギーアニア第二王女の配下であったナーガの代表、ティアート卿は凍えたように身を縮こまらせる。
サラマンダーのムセリ卿は体表の熱を上げ。
グリフォンのタージマハ爵は恐れたように唸りを上げた。
彼らとノーザンクロス伯、ブギーマン、そしてハイドリヒ伯は、古い大戦の経験者、円卓の年長組だった。
対照的に、まだ年若いエイダ卿、フェアリーのティンク卿、ワーウルフのオンワス卿は、理解しがたいと言った顔つきをしている。
彼らには、それを前にした経験というものがない。
だから、剣聖というものがどの程度か、図りかねている。
静観していた円卓の残りのメンツ。
そのうち、もっとも年長者であるアーロン師が、ハイドリヒ卿の言葉を継いだ。
「剣聖は常に暴力の化身じゃった。そして当代の剣聖は、わしらの知る限り、もっとも暴虐に満ちた人間ですのじゃ」
20年前、彼らが衝突したのは、恐ろしい剣士だった。
「剣聖は、その時代最強の人類ですじゃ。彼奴はあまりに強く……残酷じゃった」
「こいつが笑い話にもならねー笑い話でしてね。当時人類との戦線に、魔族は180000の軍勢を割いていやした。そのうちの90000が、ウィローヒルの戦いで、
「まさか!?」
話に割って入ったブギーマンさんの言葉に、エイダ卿が悲鳴のような驚きを返す。
しかし、死の侯爵はひとを食ったような笑みを浮かべたまま、首を横に振って見せた。
「まさかもなにも、事実ですぜ、エイダ卿? おまけにそのあと、剣聖はこの城まで攻め込んできて、あわや王家は陥落寸前まで行きやしたよ。剣聖は魔術を使わねー。しかし、恐ろしい剣技を使う。奴が剣をひとたび抜けば、遠くにある山の頂が七つに引き裂かれる。青銅の肉を持つブロンズリザードの一団が、わずか数刻で消滅した。あんときゃあ、さすがのあたしも目を疑いやしたよ」
「そんな、ばかな……魔術でも傷をつけるのが難しい、希少種ブロンズリザードを……」
「奴の剣閃は飛ぶんでさ。その一刀一刀が致命の一撃となってねぇ。剣が振るわれるたび、虹を束ねたような光の帯が迸り、大軍を両断する……ありゃあ、悪夢めいた地獄ですぜ」
「────」
見てきたままを伝える影法師の言葉に、スケルトンの若き貴族は、完全に言葉を失っていた。
ハイドリヒ伯が、すべてを受けて、こう言葉を結ぶ。
「正面からぶつかるなら、おおよそ古今無双。そいつが剣聖という称号のしめすもんだ。そいで、おそらく此度の人類は、剣聖を最大限に活かす戦い方をしてくんじゃねーかって、わたしは予測してるんだけどなぁ」
彼のそんな予測は、意外な形で的中する。
翌日、前線より新たな情報が持ち帰られた。
それは人類軍が、数に頼った戦い方をやめ、剣聖のために兵站のすべてを割き、道を舗装する部隊のみの運用に切り替えた、という知らせであった。
種をまくべき時期である、春。
人類もまた、その戦略を進化させ。
そして、僕たちへと最大の脅威を突きつける。
とはいえ、それは遠い戦地での出来事。
さすがに自分は安全だろうと。
僕は根拠もなく、そう高をくくっていたのだが──
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