七話 こんな攻め方アリですか?
家の中に入ると、日葵は僕の手を離し、キッチンへと向かう。
「ご飯、すぐに作っちゃうからね」
ようやくの自由。
「……うわあ」
僕は袖をまくり、自分の腕を確認。
声を小さく上げた。
妹の爪痕がきっちりと残っていたからだ。
「妹に愛されると言うのは、兄としてどうなんだい?」
階段上から天使がそう言いつつ、下りて来る。
また
「別に愛されている訳じゃない」
「なら、その痕はどう説明する?」
「これは依存の証なんだよ」
日葵は幼くして父を亡くした。
心のより所を無くした。
彼女が無くした部分を兄に求めるのは、仕方のないこと。
「嘘つきめ」
僕は天使を無視して、上の階、自分の部屋へと上がる。
「嘘つきには、真実を明かす事なんて出来ないぞ」
天使も部屋に入った後、僕はドアの鍵を閉める。
「僕は何も嘘なんてついていないし、今だって必死に真実が何か考えてる」
「ふぅん……?」
「例えば……天使。お前も容疑者の一人なんじゃないか――とかな」
床に落ちている推理小説を拾う天使。
唐突な推理の提示にも、動揺の素振りは見られない。
「それはまた、突拍子も無いな」
「そうかな。可能性としてはアリだろ。事実、お前は怪しい」
それ以上に望空も怪しいが。
「最初の登場以来、僕の前で、やたらと奇跡を証明するような行動をしてたよな、お前」
虚空での演説。教室での空中浮遊。
机への出現。ナイフによる死からの帰還。
積極的な証明。
それは、疑いを回避しようとしての行動にも思えたのだ。
「君は……」
言い淀んで、笑う天使。
「君は、“ゲームに乗る”なんて言っておいて。その実、1-B教室の時から、私に対しても疑いの目を向けていた訳か」
ゲームに乗る――とは言った。
だけど僕は、“その仕組みを疑わない”なんて言っていない。
「ああ。1-Bの時、僕はお前が犯人だったとして、どこまで僕へ対策をしているか試していた」
どの道、こんな条件下のゲームだ。
推論は多いに越した事は無い。
天使犯人説での検証も、やっておくべきだ。
僕はそう判断していた。
「空中浮遊トリック」
「何だ、それは」
「割と簡単に出来るマジックの種だ」
設備さえ整えていれば、簡単に。
「ワイヤーを仕込んでマジシャンの体に結び付け、その体重を支える。そして、空中浮遊しているようにみせるんだ」
天使は首を傾げる。
「私の飛翔が、マジックによるものだと?」
「可能性としては、ね。それに、光を極限に抑えた空間を作ったなら、“ワイヤーが反射して僕に見つかる”という最悪の事態も避けられる訳だし」
例えば、最初に天使と出会った、あの真っ暗空間。
あそこならば、空中浮遊のワイヤーがあっても容易には見つからない。
「出会った時の浮遊は、それで説明が付く」
「ふふふ……しかし、それでは1-B教室での飛翔に説明が付かない」
あの時、あの場所では夕陽が天使を照らしていた。
「だから、あの教室での浮遊には、別のトリックがあったんじゃないかな」
「それが君の言う“対策”か」
「そう。君はあの時、僕が選んだ教室自体にあらかじめ細工していた」
となれば、天使は僕がどの教室を選ぶか、事前に知っていた事になる。
――僕の習慣、僕の心理、僕が盗聴を避ける時、どこを使うか。
その分析に必要な情報を知っていた事になる。
僕が殺される以前から、天使が僕の事を調査していたとしたら……。
もう、天使を犯人として疑わずにはいられない。
「お前が奇跡を示したのは、お前自身を容疑者から外す為だった」
だが、天使はそんな僕の推論を一蹴する。
「君は、私の奇跡をエセだという訳だ。でなければ、君は推論を補強できない。だが、私はナイフで頭を刺された。これについてはどう説明するつもりだい」
「それは……」
「私は刺されたんだよ。確かにね」
あれは、望空のナイフによる所業。
確かに、細工はかなり難しい。
そして、天使はその後に再生してみせた。
「それに君は、君が殺された記憶を持っているじゃないか」
過去の痛覚。犯人がいたと言う記憶。
これがあるから、僕はタイムトラベルの前提を崩せない。
そして、タイムトラベルは天使の異能の証明でもある。
「うっ……」
「まあ、発想は良いさ。だが、肝心なところで抜けているな」
ケタケタと笑いながら、天使は僕の胸板に指を突き立てる。
「それに私は出題側。犯人に回る事は無い。誤解は命取りになるよ、少年」
天使が犯人なら、僕は身内を疑わずに済む。
最善の可能性。
これでイケるかと思ったりもしたけど、やっぱり“ナシ”か。
――とかなんとか。
そんな僕の小難しい思考を掻き消す、妹の声。
「お兄ちゃん、ご飯出来たよー!」
「ホントにすぐだな!?」
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