三十八話 本当に解決しますか?

 ガタガタ――と、鳴る窓ガラス。


 カタタン――と、机に落ちる女子の爪。


 「……で、最有力容疑者と対峙した末に、逃がした、と」


 そして、その女子の溜め息。

 ここは彼女の家。彼女の自室。


 後輩女子の自室。


 「いえ、先輩なら、そうすると思っていましたよ」


 僕は起こったことを、かすみに話す事にした。

 望空に会ったその後、かすみに会って話す。そういう事にした。


 何と言っても、情報共有は大切だ。

 これ以上の殺人に対し、予防となるから。


 ――僕はもう、僕の命のことだけ考える


 あんなことを言っておいて、何やってんだか。

 僕は本当、カッコ悪い。


 「……先輩?」


 さっきから考え込んでいた僕を、かすみが覗き込む。

 心配そうな顔。


 「私、別に怒ってる訳じゃないんですよ……?」

 「……違うのか?」

 「違いますよ。怒ってない訳でもありませんが……」


 それは結局、どっちなんだ。


 「殺人の容疑者でも、最後の最後で殺せないのが先輩です」


 瞳が僕を見通し、見据える。


 「だから、私は惚れました」


 ストレート過ぎる告白。

 本来、何百、何千回と繰り返された内の一つ。

ありふれた一つ。


 それを受けて、僕は少しだけ、のけ反ってしまう。


 「……僕は案外、お前の想像とは違う男かもしれないぞ」

 「それでも構いません」


 後輩女子は距離を取り、人差し指を唇に当てる。

 そして一つ、ウィンク。


 「先輩は、私を認めてくれればいいんです。認めて、頼ってくれれば」


 この女子はこの状況下、僕の事だけを考えている。


 「……というか、私が怒っているのは、先輩が自分から危ない目に飛び込んだことです」


 彼女は、自分の事も、望空の事も、どうでもいいのだ。


 ――お兄ちゃん以外、誰が死んでも構わない


 殺されてしまった妹も、きっとそうだった。


 「……それじゃ、一つ頼まれてくれないか」

 「はい」


 知りつつ、彼女を頼る。


 僕を囲む四人。それぞれがそれぞれの異常を抱えている。

 異常の原因は僕。僕が彼女たちを異常なままにしているから。

いつか助ける――そんな、見え透いた言い訳をして。


 「調べてくれ」


 異常な僕。

 僕が生きるには、彼女たちが必要だった。


 僕の存在を削り取る、琴葉が。

僕の存在をボヤかす、日葵が。

僕の存在をまとめる、かすみが。


 僕の存在をいつか殺す、望空が。


 僕が求めるから、彼女たちは異常であり続ける。


 「ありがとうございます……」

 「何で、お礼なんか……」


 かすみは虚空を見上げる。


 「何で、でしょうね」


 また口が開かれ、小さく、言葉。


 「私を見てくれたからでしょうか」


 僕は一瞬黙った後、何気なく準備を始める。

 かすみへの依頼の準備を。


 「……かすみまでポエムか。望空の真似はやめてくれ。特に今は」

 「すみません。ポエムったつもりは無いんですけど……」 


 毒殺については、トリックの見当が付いている。

 それにより、犯人の絞り込みも少しは進展した。


 そうした今とあっては、望空の真似は自重してもらいたい。

 彼女については、ただでさえ、色々と思う所があるのだ。


 「その……会長――いえ、望空先輩が犯人だったんですね……」


 絞り出すように、また言葉。

 かすみは、自分に念を押す様に呟く。呟いていく。


 「琴葉先輩の密室殺人も……日葵ちゃんの毒殺も」

 「そうだ。だから、僕は望空と対峙したんだ。犯人である望空と」


 そう言い、僕は中指でおでこを押した。


 「そして、犯人を捕まえる為には、ある事を調べないといけない」


 姫野琴葉を殺した。

 佐川日葵を殺した。

 そして、三船祥子に自分の罪を着せようとした。

 ――――――――――――――――――。


 「これだ」


 そんな犯人を、僕は決して許さない。



 家の前、見つめる一つ。

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