三十七話 深夜に仮面で会いましょう?

 風に木の葉が音を立てる。


 「……分かっているはず、とは言わないのね」


 望空も目を細める。

 それは僕を真似てのことなのか。それとも、あの鬼の真似か。

そんな事、今はどうでもいい。


 「あの席――僕の隣は死の指定席だった」


 僕はレインコートのポケットから、銀色に光る銃を取り出す。


「特定の席に相手が座ると分かっていれば、毒殺は簡単だ」


 ベタつくグリップに不快感を覚えつつ、望空との距離を詰める。

 ゆっくりと。


 「毒を注入するまで、その場所の近くに立っていればいい」


 その場所の近くに立ち、隠しておいた物を取る。


 「日葵が座る位置の近く。隠した毒薬の近く。その本棚の近く」


 望空は毒薬を、本棚のくり抜いた本の中に隠していた。

 毒薬を持ち歩けば、今度こそ疑われるから。


 「望空が普段、ナイフを持ち歩いていたのはフェイクだった」


 フェイク。カモフラージュ。


 ――殺人って言うのは、こう言う事を言うのよ


 あの時も、望空は凶器を見せ付けていた。

 注意を凶器に向けさせていた。


 「そうだ。持っていたのは、他の凶器へ注意が向くのを避けるため」


 そして、先入観を持たせるため。

 望空なら、凶器を堂々と持ち歩いているはずとの先入観。


 十分な距離まで来ると、僕は彼女に銃口を突きつけ、セリフを吐く。


 「そして、望空は何気ない瞬間を狙って、日葵に毒を注入した」


 ――どうしたの


 あの瞬間だ。

 望空が触れた、あの瞬間しかないのだ。

彼女が毒を注入出来たのは。


 あの瞬間――

 望空は隠し持っていた、小さな注射器により、毒を注入した。

小動物用の、小さな注射器。

それを手の裏、指と指の間に挟み、望空は隠していた。


 注射器の中には、少量でも死に至る毒薬。

 あとは日葵に近寄ればいい。近寄りやすい位置に立っていればいい。

そうすれば、みんなの監視の中、日葵に毒を注入できる。瞬間的に。


 「そう、説明は付けられる」


 振り払われる傘。

 雨の音が一際、大きく――


 「……舐めるなよ。もう――」


 望空から間近、サイレンサー付き銃口。

 引かれる、引き金。


 「僕は全てを知っている」


 銃口から、何かが発射されることは無い。

 事前に、全部抜いて来た。


 「……僕には証拠があるんだ。望空、自首してくれ」


 表情一つ変えず、望空は銃口を見つめている。


 「証拠なんて、どこにあるのかしら? 是非とも、見せて頂きたいものね」


 あるのならば――と見通した様に望空は笑う。

 フェイクは分かっているのだ、と。


 僕は生唾を飲み込む。

 そうか。やっぱりそうなのか。


 「望空……教えてくれ。どうしてこんな事をする?」

 「……そんなの決まっているじゃない。あなたが愛おしいからよ」

 「違うッ!」


 望空が見ているのは僕じゃない。

 僕であるはずが無いのだ。


 「望空が見てるのは、僕の父だ! 佐川良治なんだ! 」

 「違うわよ。私はあなたを見ている。いつだって、どこだって」

 「なら、何でだ。何で……未だにッ! その髪なんだ」

 

 望空は佐川良治と会った日から、髪型を変えていない。

 彼女の中には、僕の父親がいるのだ。

どんなに日々を重ねても、消えない鬼の幻影が。


 あんなにも愛を囁くのに。

 こんなにも――


 「お前らのことなんて、もうウンザリだ」


 僕はまた、セリフを吐く。


 「僕はもう、僕の命のことだけ考える」


 それを聞いて、望空は笑う。

 いつもとは違う笑い方。


 「そうね……」


 頬を緩め、柔らかく笑って……。

 雨の中、恐ろしいほど綺麗に。


 とても見てはいられない。


 「お前が犯人だと分かった。望むなら、もう、その通りに殺してやるよ」

 「……そう」

 「だけど、今はこちらにが悪い。だから、待ってろ。望空」


 だから、僕にはこれが精一杯。

 精一杯のセリフ。


 「必ず殺しに行ってやる」


 返事は無く……

 全ての赤を洗い落とす音がして。

全てを黒に焼き付ける音がして。


 最後に、彼女が消え去る音。

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