四話 彼女の狂気はホンモノですか?

 僕はこほんと咳をする。


 「死ぬほどってのは問題だよ」

 「あーさまはそう思うのね。どうして?」

 「それじゃあ自分を殺しちゃうだろ。そんなものは殺人だ」


 ジャックナイフを投げる七瀬望空。

 黒髪ロングの色白美人。

彼女の投擲は目標をしっかりと捉えた。


 「ぐえっ……」


 黒板に刺さるナイフ。

 天使のおでこを通り抜けたらしく、こびり付いた血。

その軌道すら見えない、早業。

そして、ナイフは刃渡り10センチ。

銃刀法違反。


 「殺人って言うのは、こう言う事を言うのよ」


 天使が死んだら、僕はどうなるのか。

 消えたりなんかしないよな?


 「落ち着け。私は死んじゃいない」


 むくりと起き上がる天使。


 「ゾンビか」

 「天使だ」


 望空は不満そうな顔で、廊下から教室へ。

 その足をのばす。


 「あーさま、そんな××の奥まで汚れた女と話してちゃダメよ」

 「失礼な。私の××は未使用品だぞ」


 マジか。


 「愛する事は死ぬ事であり、そして殺す事なのよ。あーさま」

 「例えば、そうだったとして、どうなんだ」

 「つまり、あーさまは私以外殺しちゃいけないのよ」


 マジか。


 「今そもそも、僕は誰かを殺すつもりが無い」

 「それって誰も愛さないって意味?」

 「どうして、そうなる」


 ジャックナイフを回収し、望空は学校指定バッグに入れる。

 凶器をそんなカジュアルに持ち運ぶな。

風紀が乱れるだろう。


 「人格ってあるじゃない。私と私以外を決める何か」

 「ああ。あるね」

 「でも、それってね。私以外と愛し合えば、簡単に混ざるの」


 触れようとする望空の手を僕は払う。


 「好きな食べ物、嫌いなピーマン。好きな本、嫌いな××。好きな作家、嫌いな××××!」

 「おい、嫌いな物だけ具体的に言うのはやめろ」


 それ以上は色んなコードに引っ掛かる。

 犯人に殺される前に、どっかの業者に殺されてしまう。


 「お前が大事だって言ってくれる所も」


 言ってない。


 「私は全部知りたい。全部共有したい。染めて、染められたい」


 これを聞き、無表情で拍手する天使。

 二回目。


 「愛について確固たる信念をお持ちだ。素晴らしい女性じゃないか、あーさま」

 「お前、殺されかけたよな? あと、あーさまやめろ」


 僕は溜め息を吐く。

 やはり七瀬望空はブッチギリだ。

ブッチギリでヤバイ。当然の如く。

――まあ、ヤバくなった原因は僕にあるのだが。


 「分かってくれるの? ビ××さん」

 「もちろんだとも、メス×さん」


 共鳴する天使さん。

 てか、僕以外にも姿が見えたのか、天使さん。


 「大体、望空は何でここにいるんだよ」

 「かすみさん、日葵さんとその他――に聞いたのよ。そしたら、急に血相を変えて部屋を出たって言うから……」


 僕は、そうも分かりやすい顔色をしていたか。


 「……そっか。で、何の用?」

 「愛しのあーさまに寄り添うのに用なんて要らないよ」

 「二回は聞かないからね」

 「……いじわる」


 あからさまにしょんぼりする望空。


 「第二理科室の件で三船先生が来ているのよ」


 第二理科室。

 その言葉だけで、頭をよぎる11年前の惨劇。

血潮、肉片、硝煙。


 「あの部屋に誰かが近づかないように、注意喚起の貼り紙を作って――って」

 「近づかないように? 今更な話だね」

 「どうも、あの事件の事では無いみたいよ――」


 天使が僕の顔を見上げている。


 「あなたのお父さんの自殺の事では」

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