五話 あなたは何を演じているの?

 建前上は――素直に天使と別れて。

 三階廊下、第二理科室前。

立っている女性教師。

黒いタイトスカート、白いブラウス。


 「やあ、あっくん」


 生徒会顧問、三船みふね祥子しょうこ

彼女は中指、薬指を折り曲げ、両手で猫を作り、それを僕に見せた。


 「何のマネですか?」

 「猫さんのマネ」


 冷たい風が廊下を抜ける。


 「いや、あーさまが言ったのは――その歳で猫さんのマネなんかしてたら、婚期が逃げますよ。どういうマネだか分かってるんですか――と言う意味です」


 後ろからついて来ていた望空が、僕の説明を代弁する。

 しなくていい代弁だ。

せっかく僕がボカした所なのに。


 「いやいや、流石のあっくんも、そこまで言っちゃいないよ」


 望空のさらに後ろについて来た琴葉が、拳を突き出す。


 「あっくんは――その歳で猫さんのマネして、教師が生徒に色目使おうとするなんて、どういうマネ晒してんじゃぼけぇ――って言ってるんだよ」


 それは、どこのヤクザの台詞だ。


 「女の子がそんな言葉遣いをしちゃいけません」

 「大丈夫だよ、あっくん。これは先生の思っている事だから」


 先生は肩をすくめて口を開く。

 

 「先生は、それを思ってもないよ」

 「私があっくんを守るからね」


 無視される先生。


 「……だとよ。あっくん」

 「そう言われましても」


 僕らと先生との問答。

 その間、黙っていた望空。

彼女は問答が終わるやいなや、琴葉へと振り返り、睨み付ける。

 

 「こんな所までついて来て、何のご用事かしら。騎士さん」

 「化け物がいるんだもん。騎士が退治に来るのは当然だよ」


 二人とも間違っている。


 「私たちが来たのって、生徒会の用事のせいですよね? 先輩」

 「ああ、そのはずだよな。後輩」


 ふんすと得意げに、かすみは自分が入って来た窓を閉める。

 次、腰に掛けた紐を外す。

忍者か。


 「そんな事も分からないなんて。だから、ダメダメなんですよ、お二人は」

 「そうだそうだ」


 ――と僕は便乗した。

 特に不満がある訳でもないけど。

取りあえず、なんかノリで。


 「はいはい。軽率なノリは身を滅ぼすぞー」


 その軽率なノリを作った三船先生は、素知らぬ顔で手を叩く。


 「……それで先生。第二理科室に近づくなと言うのは?」


 鋭い目付きで琴葉を睨みながら、三船先生へと望空は問う。


 「あー……それなんだけど」


 三船先生はハンカチを取り出し、第二理科室の閉じた引き戸、その溝を拭く。

 そうして付いた不純物を、僕らの前に提示した。


 「血……ですか」

 「あれ……あっくん、あんまり驚かないんだねえ」


 先生は笑ってハンカチをしまう。

 しまって、今度は第二理科室の引き戸をガタガタと揺らす。


 「血……それに鍵も閉めていないのに開かない理科室。この中で何があったのか」

 「殺人事件かしら?」


 望空の言葉に三船先生はうなずく。


 「そうかもしれない。違うかもしれない」

 「どっちなんですか」


 僕は天使の気配を感じながらも、ツッコミを入れる。


 「取りあえず、この部屋の中で良くない事が起こったのは確かだ。そして、良くない事は、今も起こり続けているかもしれない」


 僕もその引き戸に手を掛けて、ガタガタと開けようとする。

 しかし、びくともしない。

まるで内側から溶接されているみたいだ。


 「しかるに、生徒へ配慮をうながす貼り紙が必要な訳ですか」


 言葉を吐きながら、僕は次に、どんなバカな思考をしようかと考えた。

 この場所で、また事件が起きたのだ。

僕は動揺してしまっている。

――塗り潰さなければならない。


 「10年前に君の親父さんも、ここで自殺騒ぎを起こしている。不気味なもんだ」


 10年前、ここで一人の男が死んだ。

 佐川さがわ良治りょうじ。僕と日葵の父親。

死因は爆死。華やかすぎた自殺。

そして当時、この男には、ある疑いが掛けられていた。


 「そう言えば、が始まってからは、ちょうど20年くらいかしら」


 “短期的に見て、もっとも長期的な殺人”。

 佐川良治は、その容疑者である。

その疑いは紛れも無く、真実で。


 「怖いね、あーさま」


 その行為は、に引き継がれた。

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