二十話 僕は疑い続けていますか?

 「あれ……あっくん?」


 僕が振り返ると、大きな音の原因は、見知った女教師だった。

 三船祥子。彼女が戸をすっごい雑に開けた音。


 「三船先生……戸はもっと優しく扱ってあげて下さい」

 「あ、ああ……すまんすまん」


 僕は先生をたしなめてから、また振り返る。

 天使はいなくなっている。消失している。

この短時間の間に。


 「どういう原理だ……」

 「何?」

 「……何でも無いです」


 天使は奇跡を示した。

 これで三回目。

今回も検証する必要があるんだろうな。


 意味ありげな言葉、消失のトリック。

 一応は考えておくに限る。


 それにしても、私を責めればいい――とは。


 「本当に何でも無いんだな?」


 考え込む僕を、三船先生は心配そうに見据みすえる。


 いけない。

 この人に気苦労をかけては。


 「……大丈夫です。幻の美少女と話していただけですから」

 「幻の美少女?」

 「はい。エスニックな天然ものでした」


 首を傾げる先生。


 「エスニック……異国風?」

 「いえ、異星風です」

 「……深刻な妄想をわずらっているな」


 冷静にツッコんだ後、笑う先生。

 朗らかな笑い。天使のとは大違い。


 「安心したよ。正直、後悔してたからな」

 「後悔……ですか」

 「ああ。あの時、もっと早くにあっくんを止めてれば――ってね」


 あの時。

 死体発見時のことか。


 ――傷になるッ! 見るな!


 「……心配しすぎですよ。先生は僕の彼女ですか」

 「はは……確かに。一教師としては、気にかけ過ぎかもしれん」


 物憂げな表情で、先生は肩を少し揺らす。


 振動で動く、隠れ巨乳。

 ずれるブラウス。見える首元。

赤黒い変色。


 「……やっぱ恋愛感情とかが?」

 「それは断じてない」


 即答か。

 知ってたけど。


 「まあ……そこらにいる女子よりは、お前の事をよく知っているかもしれん」

 「おお」

 「思考パターンとか」

 「お……?」

 「今は、保健室の奴らを放置して、自分だけ先に帰ろうと考えているよな」


 何故それを……!


 いや、まあ……割と分かりやすい考え方か。

 僕にも自覚はある。


 「あいつらを巻き込まない為か?」

 「そんなんじゃないですよ。ただ……」


 一番、殺人鬼の可能性が高いのがあの中にはいるのだ。


 問題はが単独犯かどうか。

 この問いの答え次第で、誰を疑うべきかも変わる。

と言っても、全て可能性の域を超えない推論だけど。


 「……望空は、琴葉を殺していると思いますか」

 「そんな質問が、あっくんの口から出るなんてな」

 「意外ですか」

 「意外だね。あっくんなら、迷わず望空を疑うと思ってた」


 殺人現場近くで会ったこと。

 凶器を持ち歩いていること。

琴葉と仲が悪かったこと。


 何より、短長事件の容疑者たりえること。


 確かに。

 証拠では無いけど、根拠に出来そうなことなら一杯ある。


 「……疑ってますよ」


 僕はそれでも、消極的にそう言う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る