壊死編

四十三話 彼女は不自然なのですか?

 教室の静寂。あるのは鉛筆の音だけ。

 差す、オレンジ。

その時間はいつもそうだった。


 「けれど、静かすぎないかしら?」

 「静かすぎるね。でも、自然な事だよ」


 神立学園中等部。二年A組、教室。

 多くの生徒は、授業が終わって帰宅。

とても自然な事だ。


 学級委員にでも選ばれない限り、学校に残りたがるバカはいない。


 「不自然よ。不自然と言うことにしましょう。ね?」


 向かいの黒髪ロング――七瀬望空は、嬉しそうに手を叩く。

 そんなに居残りが嬉しいか。


 「話さないと不自然よ。お話しましょう」

 「……残念だけど、僕はお話する気分じゃない」


 父の爆死から、ちょうど6年。命日だ。

 とても話す気分にはなれない。


 間近、死に際に放った、あいつの言葉がまた耳で繰り返されている。


 「それは何?」


 そう問い掛ける望空。


 思考の先読み。僕はぎょっとして、身を引いた。


 「何って何だよ……?」

 「何でしょうね。あなただけが知っている」


 恐るべし、七瀬望空。

 小さいながら、初対面で、あの父と仲良く話しただけはある。


 「……ねえ、私にも教えて。共有させて」


 とても仲良く話しただけはある。


 「……バカ言うなよ。何で、お前になんか」

 「それは私が、あなたの一番近くにいるからよ」


 望空は幼馴染だ。だけど、住所が近いという訳でも無い。


 「だから、教えて」


 特別な存在では無い。


 でも、何でだろう。

 その時、僕は彼女を頼ってしまったのだ。


 「私が背負ってあげる」


 それを頼り、また後悔を増やして。


 「……だったら、出来るなら――」


 一つ、罪を増やした。


 「父さんの代わりでもやってくれよ」


 分かるはずは無いと思っていた。

 伝わるはずが無いと。


 でも、そんなものは楽観で。


 次の日の朝の事。

 新聞の一面に、新たな短長事件が載ったのだ。


 父が死んで、僕がバカな事を言った次の日の事。


 「これで、あなたは楽になったかしら」


 僕は翌日、望空の言葉を受け、こう考えた。


 一つ。

 もしかすると、望空が殺しを引き継いだのではないか。


 僕が、彼女に押し付けたから。

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