二十九話 鬼は外から来ましたか?

 「あーっ!」


 僕の絡まった思考を、まとめて切り裂く声。

 後輩女子の声。


 「何っ!? 敵襲!?」


 続く、素っ頓狂な声。

 テンプレ妹の声。


 「先輩……これは一体……」


 ベランダの方を指差して、肩を震わせるかすみ。


 まずい。

 きっと天使を指差している。

厄介なことになる前に、対処しないと。


 「よし! 推理やり直し、終了」


 僕は部屋の中に入って、ベランダへの窓を閉める。カーテンを閉める。

 これで何とか誤魔化せる

……訳は無いが、苦し紛れだ。


 「いや、そうじゃなくてっ!」


 かすみによって、再び開けられるカーテン。


 「どちらとも言えないんじゃなく、君は分からないんだ」


 聞こえる天使の声。

 お終いだ。彼女の事を隠し切れない。


 「考えろ。それは、どうしてだい?」


 考えろ――だって?

 何だって、こんなタイミングに問いなんか。


 ――分からないのは、分かるだけの情報が無いからだ。


 「……ほらっ!」


 かすみは窓の外を指す。


 「もう明るくなってきてますよ、空」


 ベランダの更に先。その空を指す。

 何だ。天使に気付いていた訳じゃなかったのか。


 「本当だ……」


 僕は、床にへたり込む。


 天使の声は、僕だけに聞こえていた。

 幻聴。あるいはトリック。

どちらにせよ、迷惑なイタズラだ。


 「本当だ――じゃないです! もう六時ですよ」

 「日葵もちょっと眠っちゃった……」

 「なんで、起こしてくれなかったんですか!」


 でも、そのイタズラのお陰で、ハッキリしたこともある。

 

 二つのトリックにまで絞り込み、僕はその先に進めなかった。

 それは、情報が不足していたからだ。


 「現場の状況だけに、こだわり過ぎていたんだ……」


 殺人トリックを構成するのは、現場の仕掛け。

 しかし、探偵役は、そのトリックの手がかりを、必ずしも仕掛けから手に入れる訳じゃない。


 手がかりは、人物、あるいは、周りの環境にあるものだ。


 「ちょっと……聞いてます!?」

 「もう一度……」

 「え?」

 「もう一度、学校に行くぞ」


 顔を見合わせる、かすみと日葵。


 「現場は見たんじゃなかったの?」

 「ああ。見たさ。でも、それも十分じゃない」

 「“も”と言うのは?」

 「現場以外にも目を向けるべきだった」


 日葵の言っていた中等部。

 鍵のあった職員室。

血痕のあった第二理科室。


 関係あるかもしれない場所、全てに目を向けるべきだった。


 「面白そうな話してるわね……!」


 聞こえる叫び声。

 一番聞きたくなかった声。


 「お前はエスパーか! 望空!」


 ベランダの窓を開けて、僕は下へ叫ぶ。


 「違うわ。超人よ」

 「超人!?」

 「そう。あなたの声なら、どこでも聞こえるし。何でも分かるのよ」


 超人は、ミステリーにおいてご法度。

 早々に、ご退場願おう。天使と共に。

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