二十八話 仮定は省略しませんか?
日葵に妙な視線を浴びながら、僕は思考し、思案した。
けれども、時間が過ぎゆくばかり。
2時、3時、4時……。
「ちょっと出る」
「どこへ行くの……お兄ちゃん」
「ベランダだよ」
早朝の冷たい空気。
それをベランダに出て、僕は肺に満たす。
日葵は部屋の中、眠そうに座っている。
夜更かしが祟ったのだろう。
うつらうつらしている。
推理をやり直すなら、今しかない。
「さて……やるか」
密室トリックには分類がある。
偏屈作家いわく――
抜け穴が用意されていたか。
密室内に、最初から殺人犯がいなかったか。
あるいは、内側からドアの鍵が閉められているように見せかけたか。
この3つに、全ての密室トリックは分けられる。
そして、この事件では、抜け穴の存在がほぼ否定されていた。
ならば、残りは二つ。
「……密室内に犯人がいなかったか。それとも、内側から鍵が閉められているように見せかけたか」
僕は呟いて、ベランダの柵に背をあずける。
この前提、ここまでの絞り込みなら、誰にでも出来るのだ。
重要なのはここから。
「……そのどちらを犯人が使ったのか、だね」
「天使……」
屋根の上に、彼女が座っていた。
ご丁寧に、ちょうど日葵から見えない位置。
そして、僕からパンツの見えない位置だ。
「カーの密室講義だ」
「……何だって?」
「なるほどね。あくまで、知らないフリと言う訳か」
天使が立ち上がる。
「ジョン・ディクスン・カー。彼の著書、三つの棺の17章さ」
「……それは日本語か?」
「ああ。その本の探偵役が密室トリックの分類をしているんだ。君も引用していたじゃないか」
そう言って彼女は、よっ――と跳び、ベランダの上に着地する。
束の間、見える白。
「君は、大した転生好きだ。ミステリーの王道も押さえているんだからね」
「お褒めの言葉ありがとう。天使のパンツも素敵だよ」
「どうも、ありがとう。ロリコンめ」
僕はロリコンでは無い。
小さい子も好きなだけで。
「……それで、君はどっちだと考えてるんだい」
横目に、天使は僕を見る。
刺すような視線。
これにより、僕のピンク路線は空中分解した。
逃れられないか。
「僕は……」
言葉を止め、二つの密室トリックを思い返す。
その推測、可能性を。
――内側から鍵が閉められているように見せかけた。
タコ糸のトリックは否定された。
だが、やろうと思えば、外から鍵を閉めたように見せられる手法は他にもある。
……あるかもしれない。
――密室内に犯人がいなかった。
犯人が密室の中に入らず、密室の外から琴葉を殺そうとする手法はある。
……あるかもしれない。
「僕には、どちらとも言えない」
だから、僕は断定できない。
どちらもそうだと決め付けられない。
どちらもダメだと切り捨てられない。
だから、どちらが今回の事件に使用されたトリックか、断定できない。
どちらの仮定も上手くいっていないから。
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