三十一話 その一人は信じられますか?

 望空の謎々をさておいて、僕らは神立学園高校に到着した。


 校門を抜け、パトカーを避けて。

 素知らぬ顔で、そこに辿り着く。

生徒会室前。


 「何で、ここなの?」


 妹の素朴な疑問。

 彼女の肩に手を置き、それに答える後輩女子。


 「まずは、準備が必要ですから」

 「だろうと思ったから来た」


 かすみの準備。

 鑑識かんしきキッド、外出用。それの点検、持ち出し。


 「流石、私の未来の旦那様。以心伝心ですか?」

 「違う」


 かすみが鑑識的な捜査をするのなら、この準備が必要だ。

 現場周り、その環境への捜査ではもちろん、人への聞き込みでも、そういう捜査が役立つ時がある。

――そう、推理小説には書いてあった。


 「会長としては、生徒会室に、よく分からない物を置いて欲しくないんだけど」

 「鑑識キッドは、よく分からない物じゃありません!」

 「何とかゲーム……とか言うので、変なおもちゃを持って来てた子が見つかって、それはもう大問題になった事もあったし」


 望空は、僕の記憶に無い過去を語る。

 そんな事があったのか。


 「鑑識キッドは、そんな物騒な物じゃありません!」

 「……でも、その内、それも問題になるわ」


 僕はナイフの方が大問題だと思う。


 「で、どうやって入るんですか」

 「鍵は三船先生だよね? 日葵、呼んでこようか?」

 「いいわ」


 そう言って、望空は生徒会室の戸に手を掛ける。


 「その必要は無いから」


 開けられる戸。そして、見知った顔は現れた。


 「あれ……おはよう」


 三船先生だ。

 箒とちり取りを持った、生徒会顧問。


 部屋を見渡し、違和感を覚えつつ、僕は言葉を口にする。


 「何やってるんすか、先生」

 「何って……掃除」


 僕の問いかけ。それに、先生がちり取りを掲げる。


 「普段はお前らがいて、ろくに出来ないからな」


 先生の答え。それに、望空が進み出る。


 「私たちが掃除をやっていますよ、普段は」

 「そりゃ安心だ」


 言葉の後、先生手持ちの、ちり取りが一回転した。 

 ちり取りの裏には、粉末の入った小袋。


 「何すか、それ」

 「それはこっちが聞きたい。ねえ、あっくん?」


 恐らく、小袋の中身はアルミパウダー。

 指紋検出用の薬品。昨日もかすみが使っていた。


 「あわわ……どうしましょう。先輩」


 かすみの私物。鑑識キッドの中身。

 このタイミングで出されるとは。

望空が言っていた“その内”は、案外すぐだったらしい。


 「何だっていいでしょう。それは生徒会役員の私物です」


 僕を押しやり、望空が再び前へ出る。

 かすみも後ろに下がり、ぶつかる。


 弾みで揺れる棚の音。慌て過ぎ。

 それに目を移した後、すぐに先生を睨む、黒髪ロング。


 「いくら顧問でも、生徒のプライバシーを害する権利は持っていませんよ」

 「どうだろう。それは解釈による」


 睨み、鞄のチャックに手を掛ける望空。

 中には風紀を乱すブツが入っている。


 「……んじゃ。脅しは、これくらいにして」


 三船先生は後ろに回り、僕を、凄む望空の盾とする。


 「この事を黙っておいてもいい」

 「交換条件があれば、ですか……?」

 「さすが、あっくんだ。話が早い」


 かすみの鑑識キッドは隠されていた。

 本人の認識の中では、それはもう完璧に。


 だが、実際の所、それは先生による黙認のお陰だ。

 隠されていた事になっていたのは。


 「先生は黙認を取り消した。このタイミングで。このタイミングだから」

 「私たちを脅すために……?」

 「違うよ、望空。そうだけど、そうじゃない」


 先生は、僕たちを心配しているのだ。

 だから、先生はこう言うはず。


 「……私に、お前たちの捜査を見届けさせてくれ」

 

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