四十話 その影は揺れていますか?

 鳥の声。生活音。

 早朝のゴミ収集車、そのエンジンの音。


 「……っ!」


 僕は慌てて起き上がる。

 いつから寝てしまっていたのか。


 「しかも……あんな夢……」

 

 呟き、周りを見回す。ここはまだ、かすみの家。かすみの自室。

 そうだ。昨日、僕はかすみへ調査を依頼して、そのまま泊まった。


 事件の捜査。犯人の解明に必要な物の依頼。

 その結果を待つ為に泊まって、寝てしまって。


 「何だ……これ」


 かすみの家。かすみの自室。

 依頼の前から比べ、その部屋の様子が変わっている事に気付く。


 倒された棚、ひっくり返された机。

 前以上に荒れていた。荒らされていた。


 「かすみ……?」


 僕はかすみを探して、その家中を駆け回る。


 土足の足跡、割られた人形。

 侵入者の形跡。


 嫌な予感がした。とんでもなく、嫌な予感。


 ――――ブォン…………


 携帯電話が震える音がして、振り返る。

 メールの着信音。バイヴ。


 音の出どころは、掃除の行き届いたフローリング――

 その上、放置された、血まみれのスマートフォン。踊る文字列。


 ――始まりの近く、最上さいじょうにて、代償は支払われる


 代償。言葉の意味を理解し、歯を食い縛る。


 かすみはさらわれたのだ。

 僕が犯人に迫ったせいで。


 そしてまた、犯人は、新たな謎かけを置いて行った。


 「始まりの近く、最上」


 僕はケータイを上着ポケットにしまう。


 今回の謎かけ。その答えはすぐに導き出せる。

 

 始まりの近く、最上。

 つまりは、始まりの場所――事件が始まった場所の近く。

琴葉が殺された、神立高校、2-C教室。その近く。その最上。

 

 「神達学園高等部の屋上だ……クソッ」

 

 だが、分かったところで何になる。

 犯人の後手に回っているのは変わらない。

かすみを殺すかどうかは、犯人次第。神気取りの手の中。


 僕が助けに行っても、どうせ結果だって変わらない。


 ――合理的な判断をしなければ。


 「クソッ」


 繰り返す言葉。

 僕は考えをかなぐり捨て、外に跳び出る。


 走り――走り――

 あの並木道。何かにつまずき、転ぶ。

 

 「……これ以上、殺させて溜まるか」


 絞り出す言葉。

 そして、見上げる。眩しく、遠い景色。


 「ああ……」


 過去の殺人、現在の殺人。

 全部全部、繋がっている。


 過去から全部が始まり、現在はその結果。

 彼女たちは、その代償を払い続けていた。


 「琴葉……日葵……かすみ……」


 殺せない世界を呪い、死んでしまった自分を嫌って。

 それでも、バカな顔をして、流れる日々に耐えていたのだ。


 「望空」

 

 その結果がこれか。

 こんな終わりだと言うのか。


 昇る白。雲の隙間、目を焼く光。

 無力な男はその中、遠く、影へと手を伸ばす。


 影が立つは、紅葉が重なり見える、神達学園高等部。

 ――屋上。


 「頼む」


 影は後輩女子。

 阿佐ヶ谷かすみ。約束の一人。


 「殺すな」


 男は膝をつき、手を伸ばしたまま――

 ――太陽に祈る。

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