五十六話

 琴葉には殺意が足りなかったのだ。

 計画を、実行に移すだけの殺意が。


 「お前はかすみのフリをして、琴葉を煽る。自分を殺して見せろと」


 あの時、あのセリフ。


 ――あっくん。それじゃ、また後で。


 あれは恐らく、あの場を盗聴しているであろう、かすみに向けたもの。

 “あっくん”はカモフラージュ。

それを付けた後、彼女はかすみへ、後で会おうと言っていたのだ。

 

 そして、そう言っていたのは、かすみから連絡しようとの合図があったから。

 偽物のかすみからの合図があったから。


 あの後、琴葉はかすみに扮した少女Aと会い、煽られたのだ。


 「自分の顔に、殺意を向けさせたんだ」


 その殺意が、自分では無く、阿佐ヶ谷かすみ本人に向くと知っていて。


 「そして、琴葉はかすみを殺してしまった。本物のかすみ本人を」


 その琴葉は殺人の後、死体のフリをして、僕たちをやり過ごす。

 胴体が、かすみの死体。生首が、生きている琴葉。


 「そして、お前が琴葉を殺した」


 階段。ゴムパッキンの上、赤い斑点。

 それは僕が意識を失い、望空と三船先生が保健室へと付き添う間。


 「琴葉を気絶させ、防音の音楽室まで運び……」


 ――ここに来たのだって、備品紛失の確認だし

 

 紛失した備品の一つは台車。

 赤い斑点は、2-C教室と同じ階、音楽室までの運搬の跡。


 「技術室から持ち出しておいた、静音の電動ノコギリを使って」


 ――後で、中等部にまで、また行かなきゃならん


 紛失した備品の一つは静音の電動ノコギリ。

 学園内の技術室で調達した物。


 中等部までにしか、技術科は存在しない。

 つまり、技術室も。 


 「手早く犯行を終えた。琴葉の首を切断したんだ」


 警察が来る前に、琴葉を殺してしまう。

 それには、ナタなど使っている余裕など無かったのだ。

 

 「……ふーん。それで?」


 溜め息を吐く少女A。

 続いて、両腕をだらーんと落とし、横に揺する。

すねた子供を思わせるような仕草。


 「それでって……」

 「まだ続きがあるんだよね?」


 無表情のまま、そいつは棒読みで喋る。

 不自然。


 刺さる、望空の視線。

 それに睨み返した後、今度は笑顔で手を振る。


 「……お前は、密室の次に、毒殺による殺人を犯す気でいる」


 計算された、自動装置によるトリックを使い――


 「あー……そうそう。そうだよ~」


 上がる語尾。


 「私はガスガンを使って、日葵ちゃんを殺す気でした~。ごめんね!」


 そう言ってから、舌を出し、額の上、逆手にピースサイン。


 「引き金引いちゃうタイマー付きで、ガスガンを生徒会室に設置した後、一回日葵ちゃんの家に帰った後、何気にみ達と一緒にまた生徒会室へ行って、タイマーをセットする。そういう計画でした~。わー、ぱちぱちぱち~」


 早口。マシンガントーク。

 僕の首筋を、汗がつたう感触。


 彼女は狂っているなんてもんじゃない。

 頭のネジが飛んでいる。


 「……そうだ。お前はそうして、日葵の毒殺を図った」


 自動装置を設置した後、この少女Aは僕らと一緒に部屋へ入った。


 ――あわわ……どうしましょう。先輩


 棚。本棚へわざとぶつかって、注意が逸れている間に、タイマーのノブを回した。


 「あれは言わなくていいのですか~? 先輩」

 「……あれって何なの。あーさま」


 そいつは、望空の質問を聞いて、満足げにまた笑う。


 「あれですよ。あぁれ……私の偽装自殺ですよ」


 笑顔だったかと思えば、また素の表情になる。

 コロコロと。


 「……お前の自殺モドキを見破るのは、一番簡単だったよ」


 少女Aが、かすみの皮を被って自殺したあの時。

 風が強く、誰もほとんど出入りしていないから、窓は締め切られていたはずなのに。


 「あの廊下では、強く、風が吹いていたから」


 扉を開けた程度では、あそこまでビュービューと風は吹かない。


 「そう! 風が吹いていたのは、私が窓を開けたからだ」


 死んだはずのこいつが、窓を開け、出入りしたから。


 「どうだぁ! 驚いたかぁ!」

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