二十三話 謎々は簡単に解けましたか?

 薬品の臭い。少女の匂い。


 後輩女子は机の棚から薬品を手に取り、僕へと手をヒラヒラ振る。


 「その会ですが……少なくとも、殺人予告には関わっているのでしょうね」


 僕は眉間にシワを作り、女子の手に封筒を置く。


 「分からないよ。まるっきり創作の可能性だってある」


 ぶっちゃけ、その可能性が高いだろう。

 会自体は創作で、存在していないのだ。


 「会が創作なら、この文中の“鍵守の会”は何を表しているのですか」

 「……恐らく暗号、あるいは、それに準じる何か」


 【これが届いて、一度日が落ち、昇る頃、君はムクロを見つけるだろう】


 ムクロと言うのは死体、首の無い胴体を指す言葉。

 琴葉の事件の予告。

それもかなり直接的な代物。


 そんな物を、わざわざ僕に送り付けた犯人が挑戦的なのは言うまでも無い。


 挑戦的な犯人は、必ずどこかに大きな謎かけを用意する。

 挑戦により、自分が評価されたいからだ。

――だとか、ミステリー小説の受け売りだけど。


 僕は、その大きな謎かけが“鍵守の会”じゃないかと考えた。


 「考え過ぎじゃないですかね」

 「……そうかな」

 「私は、実在する秘密結社の事だと思いますよ」


 机の上、怪文の入っていた封筒を綿棒で叩きながら、後輩女子は反論する。


 「神立学園では、秘密結社の噂が絶えませんし。無い話じゃないです」

 

 秘密結社の噂。


 「この原稿にある、神立軍とかか、か」

 「それとか、他にも色々ありますよ。とにかく、この学園はうさんくさい噂の宝庫なのです」


 頭を傾けるかすみ。


 「秘密結社の噂はもちろん、影の創立メンバー、三百人委員会との繋がりなどなど」


 もう一度頭を傾けてから、彼女はこちらを見る。

 見るからに、この話を詳しく聞いてほしそうだ。


 「興味無いからね」

 「……まあ、いいですけど」


 こういう話が必要になる時もあるだろう。

 だけど、多分今じゃない。


 「よっと。出来ました」


 かすみはさっきからやっていた作業を終え、小さくガッツポーズ。


 「早いな」

 「ふふん……そうでしょう? これぞプロファッショナブルです!」

 「オシャレか」

 「ダジャレです」


 上手く言ってやりました

 ――と言いたげなドヤ顔を無視し、僕はかすみの成果を取る。

指紋分析の結果を。


 「指紋はいくつ出た?」

 「二つです」

 「誰と誰の?」

 「私と先輩」


 僕とかすみ。ここに来るまでで怪文に触れた人間だ。

 流石に犯人の指紋は出なかったか。


 「……そっか」

 「間抜けさんじゃなかったみたいですね、犯人さん」


 そもそも間抜けにあんな仕掛けは作れない。

 だが、もしかしたらヘマをやっているかもと期待していた。


 「甘かったか……」


 かすみは、うーん……――と考え込む。


 「……これが届いて、二度日が落ち、昇る頃、君は信者を殺すだろう」

 「は?」

 「いや、怪文の一文ですよ。間抜けさんじゃないのなら、こういう謎文にも意味があるのかなあって」


 当然あるだろう。

 それも何かが掛かっているはずだ。大きくは無いにせよ、何かが。


 文面通りの出来事が起こるはずも無いのだ。

 僕が誰かを殺すだなんて。

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