黄落編

三十五話 それはいつの事ですか?

 湿っぽい部屋。家族団らんの時間。


 「雨って言うのは、つまりは拍手と同じなんだ」


 その男は目を細め、かく語る。

 不揃いの髭を生やした、中年の男。


 「大地で行われる数々の冒涜に、捧げられる報復なのさ」


 幼い妹は、父の言葉に首を傾げる。

 当然だ。分かるはずが無い。


 「すまない。日葵の歳じゃ、難しい話だったか」


 日葵の歳で無くとも分からないだろう。

 これは一種のまよごと。分からない事が当然だ。


 「空の、雲の上には神様ってのがいる」

 「かみさま?」

 「そう。遥か上から、俺たちのショーを見ている」


 僕は、その中年の男の言葉に耳を傾ける。


 「分かち合うこと、話し合うこと、奪い合うこと、殺し合うこと」


 男は両腕を広げる。


 「その全てがショーなんだ」


 そして、両手を叩き合わせる。


 「お父さんにとっても?」

 「いや……俺にとっては、そうでもない。だが、神にとっては、そうだろう」


 僕らの父はふーっと一息。

 珍しく上がった、自らのテンションを落ち着かせた。


 「……本当にそう?」

 「ああ。こんな見世物は他に無い。そうに決まっている」


 見世物。

 サーカスやミュージカル。それに同じ。


 「だから、神は拍手を送る。夢中に、偉大なる大地へと雨をもたらす」


 雨は災いになり得る。

 雨は恵みになり得る。


 災いが大地を壊し去り、恵みが大地を形作る。


 「その雨が更なるショーのかてとなる」


 狂った考え方だ。けれども、筋が通っている。

 そう考えてしまえる僕は、やはりこいつの息子なのだ。


 「じゃあ、雨が降ってるってことは、かみさまが喜んでるってことなの?」

 「そんな訳ないだろ」


 僕は妹の問いに、父より早く答える。


 「雨はそんないいモンじゃない。雨だと外にも出られないし」


 僕は鬼の子だ。けれども、それを認めたくは無い。

 そう考えていられるから、僕は僕でいる。

そんなのは、ただの強がりだけど。


 「でも……お父さんは……」

 「うるさい。僕は雨が嫌いなんだ」


 苦笑いしつつ、父は僕を見ると、ケータイを取り出した。


 「それじゃ、ちょっとお父さんは出かけるな」


 片手にケータイ。片手に花束。

 その日は日曜日。父が殺人に出かける日だった。


 毎週と言う訳でもなく、思い出したように不規則。

 特別でもない日曜に、彼は殺しを行う。


 「お父さん……」


 それを僕は知っていた。

 理解していた。


 「行ってらっしゃい」


 それでも僕は追及しない。

 必要以上に考えない。


 歳相応に振るまって、歳相応に駆け回る。

 日葵と同じ。


 子供であることは、僕らにとっての義務なのだ。

 そうでなければ、この家族は崩壊する。


 「ああ。行って来る」


 無力な子供は、鬼を外へと送り出す。


 その日は、ただの日曜日。

 雨のよく振る日曜日。


 記憶の中に残る、僕の決心の日。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る