十二話 どうして彼女は殺すのですか?

 僕は何とか立ち上がり、力無く首を振る。


 「あ……あっ……」


 死んでいる。

 死んでいた。

姫野琴葉が死んでいた。


 「……開けないと」


 教室の中の琴葉に――

 琴葉だったモノに目を奪われつつ、ふらふら前へ。

そして目前、引き戸に力を掛ける。


 「開かない……」


 開くはずは無い。

 さっき、鍵が掛かっていると確かめたばかりだ。

頭では分かっている。


 「他の入り口を……」


 ふらふら歩き、僕は確認して回る。


 後ろの引き戸も、廊下側の窓も。

 全部全部、鍵が掛かっている。


 「誰かを……呼ばないと……」


 かすれた自分の声が、別人のように響く。


 「誰か……」


 呟く別人。

 僕だった人。


 動き出す足も、震える手も。

 全て全て、別人の物。

これは貰い物で、僕の物では無いのだから。


 「痛ッ……」


 足がもつれ、僕は倒れる。

 もう起き上がれない。


 このまま、ここで転がっていようか。

 一週間が経てば、恐らく僕も殺される。


 ならば、それでいいんじゃないか。


 「良い訳無いよ」


 思考の先読み。

 天使の登場だろうか。


 もし彼女ならば、こんな僕を殺してくれるかもしれない。寝転がったまま、ゲームの棄権を伝えればいい。彼女なら、こんな僕の魂を貰ってくれるだろうし。


 「誰にも渡さないよ」


 予想外のセリフ。

 僕は驚いて、視界を少し上げる。


 「あなたを殺してみたいから」


 そう言って、手を差し伸べる少女。


 「私を殺して欲しいから」


 七瀬望空。

 少しの風に、揺れる黒髪。


 「だから、あーさまは私が殺すまで死んじゃダメなのよ」


 ああ、何で。

 こんな時なのに。

こんなに、綺麗に見えるのか。


 「言って。何をして欲しいの」


 彼女はきっと、鬼で。

 僕にはきっと、心が無いのだ。


 「……先生を呼びに……行かないと」


 僕は自分の手を出し、望空の手に預ける。

 取りあえず、動けない状態は脱した。

彼女のお陰で。


 「そう……確認していい?」

 「……ああ」

 「中では誰が殺されていたの?」


 望空は今来たばかりで、何も情報を知らない。

 それでも、僕を見て大体が分かったのだろう。


 腐れ縁による影響。

 そう説明は付けられる。


 「琴葉だよ。姫野琴葉が殺されていた」

 「そう……」


 殺されていた人物を知って、望空は眉間にシワを寄せる。

 意外にも。


 望空と琴葉は敵対関係にあった。

 そんな敵の死を知り、望空なら――いい気味ね――とでも笑うかと思っていたが。


 「みーさまはそこにいて。私が先生を呼んで、鍵も取って来る」

 「僕も行くよ」

 「まともに歩ける状態じゃないでしょう? あーさまは、そこで見張ってて」


 望空は、動くな!――と僕へ指差した後、廊下を走っていく。

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