二十七話 兄はどんな人ですか?

 密室が完成した後に、犯人は脱出不可。

 ならば、密室が完成する、犯人は脱出したのか。


 「かすみ。2-Cの鍵だけど、内側からなら簡単に開きそうかな」

 「どれも学校にありがちなスライド式ですが、ノブが硬くなっていて、閉めるのに相当の力が必要です。老朽化ですね……三船先生も困ってましたよ」


 閉めるのに相当の力が必要。


 「じゃあ、タコ糸を戸の隙間から通して、部屋の外からノブを動かすのもダメか」

 「あ。それ、知ってますよ。よく2時間サスペンスでやってる奴ですよね」

 「あー。タコ糸をテープで貼って、それ引っ張って、ノブを動かして、外から鍵を閉める奴だ」


 お決まりのセオリーは封じられている、か。

 これは推理が厳しい。


 「……取りあえず、これは後回し。次の構成要素――」


 要素2、死体は首を切られ、胴体と首が離されていた。


 「これは、望空先輩と三船先生も見てるから、確実でいいんじゃないですか」


 望空が信用できるかも後回し――

 そして、要素3、第一発見者は僕だった。


 「これも確定だよね。もちろん、犯人を別として、だけど」


 要素4、現場は発見時、明らかに通常とは違う状態だった。


 「密室を抜きにしても、机が後ろに並べられてたって妙ですから」

 「確かに。いつもとは違うよね」


 そうして、僕らは事件自体を再確認していった。

 日が暮れ、夜が深くなるまでの時間を、全て使い切って。


 「要素には、崩せるところ無し。犯人のしっぽすらつかめないかあ……」


 いつの間にやら聞こえる、かすみの寝息。

 一人脱落。仕方がない。

もうすぐ日付が変わる頃なのだ。


 僕は頭を掻く。

 こんな頃なのに。急がなければならないのに。

推理が一向に進展していない。


 「こんな短期間で、犯人を捕まえようだなんてのが、どうかしてるんだよ」


 そう言って、日葵は僕の隣へと座る。


 「でも、早く捕まえないと。また殺しが起こる」


 望空が……

 望空がまた、誰かを殺す。


 「そうだよ。次はお兄ちゃんが殺されるかも」

 「何言ってるんだよ、日葵」

 「このまま関わってたら、きっとそうなる。私には分かるの」


 テンプレ妹は、眉をひそめる。


 「ねえ……お兄ちゃんが殺されたら、私は誰の妹をやればいいの」


 型から中身がはみ出しちゃっている。

 不定形で、不安定な妹の心根。


 「私は、もうあの人の子供でも無いんだよ」


 “私”。一人称がそう変わる時の日葵は、どこか子供っぽい。


 「お兄ちゃん以外、誰が死んでも構わない。でも――」

 

 父親が死んで、妹は心のより所を失った。

 親から自らの作り方を教わる前に、彼女はそれを失ったのだ。


 彼女は一人で、自分が誰かを決められない。

 誰かに決めてもらわなければ、生きていけない。


 「……大丈夫だ。僕は死なないよ」


 僕はそう断言する。

 天使の話では、一週間後に僕が死ぬ。

という事は、明日に僕は死なないから。


 ――取りあえずは、まだ。

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