五十八話 僕が決めた、僕のカタチ。

 鞄を置く望空。

 視線は一点。


 それに気付かず、あるいは気付いたからか、ゆらゆらと、揺れ出す少女A。


 「ぜーんぶ正解! 良かったですねェ! アハハッ!」


 堪え切れないと言った様子で吹き出す。


 「でも、だから、何なんだよ? 阿佐ヶ谷かすみの居場所は、こっちが把握してるんだっつ~の」


 足を打ち付け、ドンドンと鳴らす。


 「お前は負けなんだよ。負~けっ」


 どうして、彼女はこうなったのか。

 何がここまで、彼女を駆り立てたのか。


 最後の最後、ここが分からない。


 他人の人生を乗っ取ろうとする。

 そんな事をするには、説明のつく動機があるはずだ。


 「苦しめばいい……ぜーんぶ、お前のせいなんだから」


 少女Aはカッターナイフをふりかざす。

 再び。


 「お前が無視してなかったら、こうはならなかったんだ」


 無視。そんな事をした覚えは無い。

 僕はイジメなんかやっていない。


 「何……言ってんだ」

 「とぼけるなッ!」


 神を掻き乱し、少女Aはぶつぶつと呟く。


 「お前は、七瀬望空に手を差し伸べた。姫野琴葉に手を差し伸べた。佐川日葵に手を差し伸べた。阿佐ヶ谷かすみに手を差し伸べた」


 全員、僕の父の被害に遭った、被害者だ。


 「私だって……苦しい思いをしてた。私だって……代償を払い続けてた」


 そうか。彼女もそうなのだ。

 僕の父に、誰か家族を殺された、一人。


 「なのに、私は無視された。他の人間とは平等に扱われなかった」


 彼女は見られることに飢えていた。

 孤独な自分を認めて欲しかったから。


 ――先輩好きでしょ?

 ――否定はしない


 バタフライエフェクト。

 蝶が羽ばたいたのは、あの時。


 「もしも……お前を認めてやったら。お前は僕を殺さないでいたか」

 「……殺さなかったかもしれない。でも、あなたに愛されていた人間には、腹が立っていただろうね」


 僕があの時、否定しなかったから、彼女は彼女たちを殺した。

 まったく、膝枕一つ、侮れないもんだ。


 僕は少し上を仰ぎ見て、一つ呟く。


 「そうか」


 そして、僕は望空の手から、取り出されたナイフを奪う。


 「なら、お前も愛してやらなきゃな」


 殺意などは、用意するまでも無い。

 ずっと手にしていたから。


 実行した後――

 ――父親殺しをやった後から、ふつふつと湧き出るように。


 「来いよ」


 これが僕の異常性。

 僕が彼女たちと対等でいられる、その訳。


 「来ないなら、こっちから行くぞ」

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