三十六話 幕を開けてしまいましょう?

 真っ暗を切り裂く、斜線。

 ワイヤーの様にしなやかで、ナイフの様に鋭い。


 雨。深夜の豪雨。

 あの日を思わせる音。


 「こんばんわ」


 赤い傘を差し、少女は挨拶をする。

 黒いアスファルトの上、道路の上。通学路の上。

ずぶ濡れの男へ、軽く頭を下げる。


 「……驚かないのか」

 「驚いているわ。あなたが、その気になるなんて」


 斜線の中、ずぶ濡れの僕はレインコートのフードを取る。

 急ごしらえ。家にあった、小学生の時のやつ。


 彼女を探して、探して……

 僕は、ようやく見つけた。


 「やっと私を殺す気になったのね」


 少女――七瀬望空は傘をくるりと回す。


 彼女は僕が来ると分かっていた。

 だから、現場に一人で残したのだ。


 前と同じく、僕の思考を予測した。

 そして、職員室に行くフリをしたのだ。


 いつもの芸当。いつもの御業。


 「……その前に、一つ二つ、確認させてくれないか」

 「どうぞ?」


 意外でもない容疑者は、くすりと笑う。


 「まずは、昨日の保健室で起こったことについて」


 妹。佐川日葵の毒殺には、解明できるトリックが使われた。

 解明できるが、簡単ではないトリック。

かと言って、さして難しい訳でもない。


 そのトリックは、絶妙なバランスで調整されていた。


 「望空、お前は――」


 そして、絶妙な調整には、巧妙な段取りが必要。


 「僕たちがいなくなるように計らって、日葵にこう言った」


 ――次はきっと、あーさまが殺されるわ。


 「そうしたのは、お前が僕を、本当に心配したからじゃない」


 日葵は、その望空のセリフを聞いて、さぞ不安に思ったことだろう。

 いても立ってもいられず、外をどれだけ作っても、中では感情が渦巻き続けた。


 望空の狙い通り。


 「僕のことで、日葵を心配にさせたかったからだ」


 思い出す、日葵の言動。

 その一つ一つ。


 「日葵は僕に依存してる。僕がいなくなれば、日葵は生きていけない」


 日葵を妹の枠にハメる、僕がいなくなれば、生きていけない。

 だから日葵は決して、僕がいなくなる事を許さない。


 「だから、日葵は僕を守ろうとする。離れず、そばにいようとする」


 自分の集中が続く限りは、離れずそばに。

 自分の命が続く限りは、離れずそばに。


 「……そばにいようとした結果、あの時、日葵は僕の隣に座ったんだ」


 今日の朝。死ぬ直前、日葵はいつもの席に座らなかった。


 僕のそばにいようとした為に。

 依存の対象を守ろうとした為に、その位置へ。僕の隣へ。

結果として、僕の存在が日葵を殺したのだ。


 ――君は信者を殺す


 「お前がそう仕向けたから」


 望空が日葵を僕の隣へと誘導した。

 直接的にでは無いが……。


 日葵の心配を煽って、操った。

 その席に座るように仕向けた。

僕の存在を意識するように煽った。


 「それで……? あなたの隣にあなたの妹を座らせたから、それが何だと言うの」

 「分からないか? 違うだろ、望空。お前なら知っているはずだよ」


 ヒントは提示した。

 ここから先は読み合いがあるだけ。


 僕は目を細める。

 暗い中、浮かび上がる感情一つ漏らさないように。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る